看護師とは、
他人の命を預かり、より良い未来を目指して尽力し続ける人々のことである。私もかつてはそうあろうとした。あろうとして、あれなかった。重責に耐えきれず。私は、逃げ出した。
医療とはかけ離れた今の仕事に悩む度、過去の自分を思い出す。私はまた、逃げ出すのかと。
遅くなってしまった帰路。どっぷりと陽の沈んだ静かな街は、心の暗い部分をいとも容易く引き出してしまう。道路沿いの建物から漏れる光と街灯だけが私の味方。その味方は、前方に同じく仕事帰りであろう男性を照らし出していた。
ぼんやりと、帰路の一部として彼の背中を眺めて歩く。その背がグラリと揺れる様をスローモーションのように感じた。
「え……」
突然の光景に足は石化したように動かなくなった。ドクドクと体内で跳ねる心臓が全身へとその脈動を伝える。脳までもが心臓に置き換わってしまったかのようで、その力強い働きを感じながらも頭は鈍く思考を巡らせた。
「あ、の……」
か細い声も、閑散とした夜道には十分だった。すぐ先で丸まるスーツ姿にも届くはずの大きさ。しかし彼は倒れた体勢のまま、ピクリとも動かない。
「大丈夫ですか……?」
私はようやく男性の元へと駆け寄って、その肩を揺らした。その時――
バチン!
火花を散らしたような乾いた音がそばの路地に響いた。「ヒィッ」と悲鳴を漏らしながらも音の正体を探ると、暗がりからのっそりと黒い奇妙な服装の男が現れた。街灯に照らされる彼の髪も真っ黒。まるで『死神』。
「た、助けて!」
けれど口からはその第一印象とはかけ離れた言葉が飛び出した。倒れた男性を指したのか、自分のことを言ったのか、はたまた慈悲を乞うたのかもしれない。黒い男は私たちを見て、眉間を寄せた。
「退け、邪魔だ」
彼の手際は期待以上だった。私の出来なかったすべてをこなし、男性へと心臓マッサージを開始する。途中懐へと伸びた手が中途半端に止まったことを除いて、彼は完璧だった。あの手の先には何があったのだろうか。
「おい、癒者は?」
「癒者?」
「この男を治療できる人間だ!」
「きゅ、救急車を呼びます!」
夜の街にサイレンが鳴り響き、バタバタと男性は運ばれていった。果たして彼の未来がどうなるのか。私が知ることはないだろう。
「あの方の意識が戻ると良いですね」
こちらへ背を向けていた黒い男へ声をかけた。彼は立ち去ろうと道の先へ向けていた靴足をにじり、片足だけを私へと向ける。
「あの男がどうなろうと私には関係ない」
「でも助けてくださったじゃないですか」
「君がいなくとも同じことをしていたかどうか」
「見捨てるんですか?」
「その可能性もある」
「人でなし」
「なら君はろくでなしだ」
一夜限りで出会った二人。私たちは、
人でなしと、ろくでなし。
Special Thanks
you
(2019.3.10)