性欲より眠気が勝つ。
噛み殺したはずの欠伸でさえ、リリーは鋭く感じ取ってしまう。他愛もない世間話を切り上げて就寝の挨拶を残し自室へと戻っていく彼女の背を、もう飽きるほど見た。
それもこれも仕事を増やしてくれる人物たちのせい。ホグワーツが平和な日は存在しないのか。
眠気に支配されていない日中は、ついついリリーを目で追った。談笑して揺れる肩が、私の指先次第でビクンと跳ねる様を、いつから見れていないだろう。チラリと覗く舌が私を這う様を、頬が赤く色づく様を、深く背に爪を立てしがみつくあの細い身体を揺する様を。思い出してはため息をつく。
まるでそれだけが彼女の魅力だと考えているような気がして、またため息をついた。
「今日は一番とため息が多いようじゃの?」
元凶の一人が気配もなく傍に立つ。白髭を揺らし半月眼鏡の奥からは油断できない青の視線をこちらに寄越していた。逸らした先の斜陽に目を細め、校庭から引き上げていく生徒を睨み付ける。
「あなたならその理由に思い当たるものがあるはずです、校長」
「はて、あったかのう?」
彼が白々しい笑みを浮かべたのは見ずとも分かる。そして続いた言葉にため息を呑み込んで、しかし眉間を寄せずにはいられなかった。
「ところでセブルス、一つ頼まれてはくれんか?」
「それは今でなければなりませんか?」
「いいや、明日でも良いことじゃ」
「ならば明日、伺います」
ただひたすら駒であれた頃とはもう違う。リリー・エバンズという存在を知ってしまったときから、私は――。
頷く彼を残し、足早に彼女を求めた。
リリーは私室にいた。ノック二つで開いた扉に安堵する。顔を覗かせるいつもの姿に、慣れない笑みが自然と滲む。
「スネイプ教授、何かあったんですか?」
「我々の関係は用のない訪問が許されると思っていたが、違うのかね?」
「本当にないんですか?何も?例えば……会いたかったから、とかも?」
「つべこべ言わずに入れろ」
毎日会ってはいるというのに、図星だと思ってしまった。会いたい、触れたい、抱きたい。邪な感情だけではなく、ただゆっくり、リリーと話がしたい。
通された部屋は柔らかな温もりに満ちていた。暖炉は部屋の主に合わせてその仕事を加減するのかもしれない。そんな馬鹿げた考えが脳裏を過る。
「スネイプ教授から来られるなんて珍しいですね」
「いつも君が先に仕事を終えてやって来る。それだけだ」
「今日はもうお仕事は終わりですか?」
「ああ。君は?」
「私もです」
「なら話をしないか?他愛もない世間話を、ゆっくりと」
「もちろんです」
「今朝、大広間でフィルチが――」
触れ合いたいのは身体だけではない。何気ない日々に潜む君の心へ手を伸ばす。
今度は私から。
Special Thanks
r.a様
(2019.3.9)