『東方魔法薬学』
それは他の国々にとって興味深い代物らしい。この日本で代々魔法薬の調合を生業にする私の家には、各国の魔法薬師から時折手紙が届いた。ある日はふくろう、ある日はオウム。マグル式で郵送してきた強者もいる。
「今日は……セブルス・スネイプ。イギリス人か」
イギリス一有名な魔法学校に就いているとはいえ、ただの教師が熱心なことだ。よっぽどのオタクに違いない。久々に話す英語に不安を覚えながらも、どんな男がやって来るのかとあれこれ想像を楽しんでいた。
約束の時間に10秒と遅れることなく現れたのは、気難しさを体現し全身を黒で覆った男だった。今までの訪問者に比べれば、彼は随分と若い。
「長旅でお疲れでしょう。まずはお茶でもどうです?」
「いえ、すぐに帰らなければならなくなりました。早速、ご当主のリリー・エバンズ氏に会わせていただきたい」
「名乗り遅れました。私がそのリリー・エバンズです」
彼は驚きを隠そうともしなかった。どうやら若さに驚いたのはお互い様。不躾な彼の黒い瞳が上下する様を、私は笑みを作って眺めていた。
「では薬材料の保管庫からご案内しましょう」
日本という国と独自の魔法文化について話しながら、彼を北の部屋へと案内する。自慢の庭に然程興味を示さない彼は、やはりただの熱心な魔法薬オタクなのだろう。
「あれは?随分と立派な小屋だ」
目的地を前にして、彼の歩みはピタリと止まった。人差し指の伸びた窓の向こうにはひっそりと静かな裏庭がある。そして魔法で隠してあるはずの蔵が。自慢の庭には興味を示さなかったというのに、その出で立ちに似て暗い場所が好きなのだろうか。
「これは失礼。人避けの呪文が弱まっているようですね」
「あそこには何が?」
「大したものではありません。ただ少し、他所にお見せするには気が引けるものが置いてあります。あなたにもあるでしょう?そういう物の、一つや二つ」
「確かに、私にも存在する」
彼の左腕がピクリと跳ねた。しかしそれを気にする素振りもなく、彼は真っ直ぐに蔵を見つめたままだった。
「さて、あなたの気を蔵から逸らすために、面白いものをお見せしますよ」
「あそこより惹かれるものがあると?」
「ええ、もちろんです」
ああ、厄介な男を招いてしまったのかもしれない。あの扉の向こう、その見た目よりも遥かに強固な作りの空間に隠した秘密。それを思えば、私の笑みは自然と濃くなった。厄介で、けれども面白い。平凡な研究の繰り返しにも飽き始めていたところだ。
頭一つ分背の高い彼を見上げ、すぐに視線を手元へ下げた。
漆黒の瞳は、全てを見透かしているようで。
Special Thanks
you
(2019.3.7)