77 ドレス


第一の課題が終わってクリスマスまでの1ヶ月は光のように早く過ぎ去った。ダンスパートナー探しでそわそわと浮かれっぱなしの城内の緊張は今や最高潮に達している。

シュティールは当然のように私をダンスに誘ったが、私はそれを当然のように断った。『分かってたけど、万が一ってこともあるかと思って』と笑う彼の切ない表情に罪悪感が芽生え、想定以上に絆されていたことを知った。

けれど彼にズキリとしたのは一瞬。次の瞬間には自分も想い人とは踊れないのだと、ギリギリと胸が締め付けられた。

去年、ルシウス・マルフォイ主催のクリスマスパーティでだって踊っていないのだ。生徒が大勢いるここで厳格な嫌われ者の魔法薬学教授がダンスを披露するはずがない。私には一欠片の希望もなかった。


例年以上に気合いの入ったクリスマスの飾り付けにも手こずったが、当日は時間との戦いだった。それでも午前中はゆったりとしていて、私は私室のテーブルに乗ったプレゼントの横でヘアアレンジの呪文を練習していた。慣れないドレスにお手上げ状態の女子生徒たちの希望により、手助けをする約束がある。

一通り出来を確認して、投げ出されたままのプレゼントに目を向ける。年々数が増えるプレゼントに温かくなって、その一つを手に取った。


「いい匂い」


ダンブルドア校長からのミンスパイだ。彼は毎年これをくれる。誰もいないここならと、子供のように口一杯に頬張った。


「わ、こんなに凝ってたんだ」


ドビーからは手編みのマフラーだった。朝食前に直接渡しに来てくれた。両端にはふくろう(恐らく古書店のワシミミズクだろう。彼らも今ホグワーツにいる)が編み込まれていて、目がチカチカするほどの鮮やかなブルーの中で滑空していた。


「お見通し、かな」


リーマスからもある。去年に引き続き本だったが、今年は一昨日発売されたばかりの魔法薬理論に関する新説を集めた分厚い専門書だった。少し値が張るもので、スネイプ教授に自慢気に見せびらかされてからは私も購入を検討していた。リーマスには追加でお礼をしたい。


「これは……使うタイミングがあるかどうか分からないな」


ハーマイオニーも同じく本で、こちらはドイツ語の辞書。シュティールとのことが過って選んだに違いない。ダームストラング校がどこにあるにしろ彼はドイツ人だ。彼女とは2年前に私が下心からプレゼントを贈って以降、秘密の交流が続いている。


「綺麗……。でも……うん、ダメ」


もちろんシュティールからも届いた。受け取りを躊躇うほど美しい髪飾りで、今日のドレスにもよく合いそうだ。でも私がこれを着けることはない。いくら絆されようと、断りの意思表示は明確にするべきなのだ。


「まさかくれるなんて。私からはプレゼント贈り損ねたな」


驚いたのはシリウスからで、彼は「実践的防衛術と闇の魔術に対するその使用法」を一冊贈ってくれた。私が戦闘訓練を頼んでいたからだろう。あとでしっかり読み込んでおかなければ。

めぼしいものはそのくらいだった。あとは匿名の花や古書店宛の閉店の労いを兼ねたメッセージカード。中には小包もあるが興味はない。

その中にスネイプ教授からのプレゼントがあるはずもなく、私からも贈っていない。散々悩んで、結局止めた。私たちはプレゼントを贈り合うような仲ではない。


「当たり前、だよね」


用意されただけのワインに目をやり、深く息を吐き出した。


夕方になって、バタバタと空き教室に女子生徒が集まりだした。ドレスに着替え、髪をセットし、メイクを施す。「スリーク・イージーの直毛薬」の残骸があちこちに転がっていた。いつものシンプルなローブのまま忙しなく動くリリーがとても浮いて見える。


「先生のドレスは?」

「ドレスじゃ動き回れないし部屋に置いてきたよ。さぁ、ここに座って。髪を整えてあげる」


リリーが杖を振れば髪がイカのようにうねうねと浮き上がり独りでに編み込まれていく。仕上げに髪飾りを艶やかな黒髪に差し込んで「完成だよ」と肩を叩いた。


「先生!どっちの色が似合う?!」

「うーん、こっちかな」

「やっぱり!ありがとう!」


慌ただしく着飾っていく彼女たちに少女の面影はなく、みんな素敵な女性の顔つきになっていた。グロスだチークだと重ねているが、倍も生きたリリーからすればもちもちで瑞々しい肌にぷっくりと可愛らしい唇は手を加える必要がない。

かつての少女たちを見送れば、パーティの開始まで残り30分を切っていた。

リリーは慌てて私室へ駆け込み、少し乱れた髪とメイクを整える。普段はうっすらと色付くだけの目元や唇も、今日はドレスに負けないようささやかながらその存在を主張していた。

ドレスは肌触りのよいシャンパンゴールドで、昔何度か着たことがある。身体のラインに添うデザインはとても美しいものだが、今年度入ってからのストレスと対抗試合の激務で痩せた身体にはほんのちょっぴりゆとりがあった。


「でもまぁ、許容範囲内だし」


リリーはさして気にもせず腰から背中へと上がるファスナーへ手をかける。順調に滑るスライダーは、突然、道半ばで動きを止めた。チラリと時計を確認してため息をつく。痩せた僅かな布の弛みが引っ掛かり、噛んでしまっていた。


「最悪」


無理矢理上げると繊細な生地を痛めそうで怖い。リリーはなかなか踏ん切りが付かず、力を入れられずにいた。

きっとまだこんなところでモタモタしているのは自分くらいなものだろう。ドビーはディナーの用意で忙しいはず。全員が大広間に集まってしまう前に何とかしなければ。

しかし噛んだ部分を見ることは叶わず、中途半端に上がったファスナーはドレスを脱ぐことも許してくれなかった。リリーは一縷の望みをかけ杖へと向かう。


コンコン

天の助けだと思った。リリーはノックされた扉に弾むように駆け寄る。


「どちら様ですか?」

「何をしている。ホグワーツの教員が遅刻でもするつもりかね?ダンブルドアが気を揉んでいるぞ。急げ」


聞こえたのは無情にも地を這う低い声。名乗らずとも分かるそれはスネイプ教授のもので、ふくろう代わりに使われ腹を立てているようだった。或いは、クリスマスそのものに腹を立てているのかもしれない。

立ち去る足音に慌てて扉を開いた。これがムーディだったなら絶対にしない。同性や屋敷しもべ妖精を除けばスネイプ教授は一番の適任だった。


「教授!」


想像以上に離れていた距離にリリーは声を響かせる。階下にも届いたであろう反響はスネイプを振り向かせるのに十分だった。

深く刻まれた眉間を見せつけ、去らない代わりに寄ってこようともしない彼を手招きだけで引き寄せる。怪訝な顔で、それでも一応来てくれる彼の優しさに感謝しつつ、ヘラリと笑った。


「何だ」


そう言うが早いかリリーはスネイプの手をむんずと掴み、室内へ引き込んだ。ぎょっとしながらもされるがままになる彼にリリーが「ごめんなさい」と断れば、スネイプは反射的に身構える。






困ったときの癖で笑うと、彼女はクルリと180度回転した。

ドクンと大きく収縮した心臓は末端まで血液を送り指先に熱を籠める。くらりと目眩がして、恍惚感に襲われた。透き通る白い肌が露なままの背を眼前に突き付けられ、ゴクリと喉が鳴る。それを悟られまいとわざとらしく息を吐いた。


「布が噛んでしまって。上げていただけますか?」


チラリと首だけで振り向いた頬はほんのり色づいており、大胆な頼み事の割りに恥じらいはあるらしかった。元々そういったことへの関心は薄い方だが、所詮自分も男だったのだと受動的に自覚させられる。


「遅れるわけにはいかない」


だから不本意ながらもこんなことをしてやるのだ


言い聞かせるように心で繰り返し、彼女に手を伸ばす。触れた金属は外気ほど冷えておらず、先程まで格闘していたことが窺い知れた。

否応なく近づいた距離に、ふわりと控えめな甘さが鼻腔を擽る。布を痛めぬよう支えた指からは彼女の温もりが伝わり、ズブズブと溶け沈んでしまうような錯覚を覚えた。


「上げるぞ」

「お願いします」


努めて冷たく言い放つ。力を込めた金属は何度か拒んだ後するりと上り、余った勢いで自分の指先までもがその白く誘う肌を滑ってしまった。


「――っ!」


ビクリと目の前の身体が跳び跳ねる。

こんな男に頼んだ方が悪いのだ。意図しない出来事に謝るのも癪で、未だ彼女からは向けられたことのない嫌悪を想像する。

役目を終え身を引くと、振り向いた彼女と目が合った。


「ありがとうございました」


先程よりも鮮やかに色づいた頬。逃げ惑うようにさ迷う目に想像した色はない。生徒とは違う体つきを見せ付けるようなドレスに身を包み、いつもより血色の良い唇が私の名を呼ぶ。


「スネイプ教授?」


ハッと我に返る。「急げ」とだけ残して部屋を出た。背後で再びドアが開閉し、ヒールの高い音が廊下に響く。


自分は今、何を考えた?

たった5分の間に何があった?


ゾクリと沸き上がる劣情に逆上せそうな身体を冷やすため、歩幅を狭めて急ぐべき大広間への時間を引き延ばす。ドレス姿を初めて見たわけでもなければ、女を抱いたこともある。

追い付いた彼女の気配を半歩後ろに感じながら、スネイプは頭を抱えた。







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