1 本


幼い子供の笑い声

優しく微笑む美しい女性


――いつもの夢か

遠い過去の記憶を、私はただ見ているしか出来ない

そして、このあと決まって――


美しい象牙のような肌を包帯の白に覆われた母

抜け殻のような彼女に淡々と処置をしていく癒者たち

それを見つめるだけのちっぽけな私は

巻かれた包帯の隙間からぎょろりと覗く目に捕まる

突如気が狂ったように暴れだした母

不意を突かれた癒者から杖を剥ぎ取り

私へ光を放つ


目を背けたつもりでも容赦なく流れ込むその光景にドクンと心臓が跳ね、ようやく意識が現実へと返される。


聖マンゴ病院で私の意識が戻ったとき、既にすべてが終わっていた。放たれた光の影響も見られずすぐに退院できたが、私は母の最期を受け止めようとただ必死だった。

父に捨てられた母。彼女は自分を美しく保つことで、その現実から逃げていたのだろう。そこに重なる不幸な事故。例え元に戻る傷だとしても、ヒビの入った心を砕くには十分すぎたのだと、彼女の歳に追い付いた今は思う。

私を引き取ってくれた祖父は母に似た優しい笑顔の人で、3年前に亡くなるまでとても良くしてくれた。おかげで何の不自由も、不満も、不幸もなく育った。でもそれは、母からの呪いだったのかもしれない。

新たな生活に慣れてきた頃ようやく判明したのだが、私には、自分の持って生まれたもの以上に人を惹き付ける《呪い》がかけられていた。この出来損ないのヴィーラのような《呪い》を好意的に表現するなら、『程度の差はあれ、趣向や種族を問わず第一印象がとても良い』だろうか。

《祝福》だと癒者は言ったが、私にはとてもそうは思えない。


私に良くしてくれた大勢の人は、ただ《呪い》に惑わされていただけにすぎなかったのだから。


私が泣いてようが、笑ってようが、怒ってさえいても、人々は私に集まりたがった。それでも不完全な《呪い》では虜にし続けるなんてことはできず、つっけんどんに応えているうちにすべて去っていった。嫌われることがとても心地好かった。《呪い》に打ち勝てた気さえした。

程なくして入学したホグワーツでも、私は徹底して人を避けた。が、思春期の複雑な精神の再構築を経て、今では上手く折り合いをつけ――

いや、開き直った。

過去の記憶に魘されているようでは、それも怪しいわけだが。入学時と卒業時では別人のようだ、と知る人は言う。

そのきっかけとなってくれた先輩も、既に旅立ってしまっている。彼女の愛は稲妻の印と共に小さな赤ん坊を生かし、世界に平穏をもたらした。


私が貰った《呪い》は、果たして《愛》だったのだろうか。


秋晴れに昇り始めたばかりの光を浴び、サイドテーブルのお手製ハーブウォーターで頭をスッキリさせた。濃紺のガウンを羽織れば、意識しなくとも足が一階の店舗へと下り始める。

祖父が残してくれたこの古書店が、今の私の居場所であり、心安らぐ空間。嫌な夢を見た日は、ここでお気に入りの本を読むことにしている。


「…………?」


手を伸ばした先で、見知らぬ本に気付いた。高く積まれたそれは色とりどりの装丁がなされ、タイトルや著者など必要な情報は何も記されていない。堂々たるその佇まいに、置き忘れただけだったかと頭を巡らせるが、そんな記憶はなかった。店に侵入者の形跡もない。魔法生物の悪戯でもなさそうだ。


「正体を現せ!スペシアリス・レベリオ(化けの皮剥がれよ)!違う……」


杖をコツコツと本に当てながら、ああでもないこうでもないと思い付く限りの呪文を試してみるが、本は本のまま。身の潔白を証明し終えたそれをパラリと捲ると、ある少年の物語が綴られていた。







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