1 これ知ってるやつだ


まず始めに私の人生を語ろう。


ごく平均的な日本の家庭に生まれ、穏和な両親の元ですくすくと成長した私は無事平均的な会社に就職した。

しかし何の因果か両親は他界。家族は私だけになってしまった。それでも日常は続くものだ。私も塞ぎ込んでばかりいられない。

だがある日、その日常すら終わった。最後に覚えているのは迫り来るトラック。力一杯突き飛ばした子供の背中。震えの止まらなくなる恐怖はあれど、痛みはなかった。即死だったのだと思う。

では何故私は今ここでこうしているのか。そもそも「ここ」とはどこなのか。


「ウィンがーディあム・れヴィオーさ(浮遊せよ)……」

「ウィンガーディアム・レヴィオーサ!」

「みなさん、ミス・グレンジャーがやりました!グリフィンドールに5点!」

「おめでとう、ハーマイオニー」


失礼。


先に「ここ」がどこかを語ろう。ここはホグワーツ魔法魔術学校、呪文学の教室。11歳の私は今ここで生徒としての生活をスタートさせた。そう、11歳。自分の記憶にある身体の成長度合いと照らし合わせた年齢なので正確ではないが、問題なのはそこではない。


さて、次に「何故か」という部分に移ろう。

私は死んだと思った。生きたいとも思った。その両方が正しく、叶った。これが夢なら、私は素晴らしい夢を見ている。これが死後の世界なら、悪くない。

私は目が覚めると「ここ」ホグワーツ魔法魔術学校にいた。

眠るように(実際寝ていたような感覚ではあった)身体を預けていたのは玉座のような椅子で、学校の体育館ほどの広い空間に私の着いていた横長のテーブルが一つとその奥に縦長のテーブルが四つ。

閑散とした部屋と呼ぶには広すぎるその空間で戸惑っていると、自分のいた場所から最も遠い扉が開いた。そこに扉があったことすらその時気づいたのだが、慌てて駆け込んできたのは腰丈の長い白髭を蓄えた老齢の男性と、真っ黒な服に肩まで伸ばした真っ黒な髪の壮年に片足突っ込んだ男性。

男性二人も相当驚いていたようだったが、私だって目ん玉が転げ落ちるほど驚いた。どう見てもその二人がアルバス・ダンブルドアとセブルス・スネイプにしか思えなかったからだ。映画俳優をベースにしながら原作の特徴も兼ね備えたような容姿。例えばダンブルドアの鼻はそっぽを向いているし、セブルスの髪はイカスミパスタ。

その時の自分の第一声はこの先忘れないだろう。


『これ知ってるやつだ……トリップだわ……』


ある限られた狭い界隈におけるあるある展開の役満、ストレートフラッシュ、コンプリート、表現は何でも良い。兎に角自分の状況は何度も夢に読んだお伽噺と同じで涙が止まらなかった。感動、混乱、歓喜、そのすべてが雫となって溢れていった。


それから1年はかなり密だった。

目覚めたときが1990年。ハリー・ポッターの入学する1年前だと聞いて、私は自分の状況もそっちのけで知ることすべてをぶちまけた。

自分を予言者のようなものだと語る私に二人は半信半疑。セブルスに至っては分かりやすくほぼ疑。分霊箱や二人の秘めたい過去を話してようやくまともに取り合う気になってくれた。

結論から言えばヴォルデモートは霊魂にも満たない姿で極秘の場所に封印された。シリウス・ブラックは無罪放免になり、ピーター・ペティグリューはアズカバン送り。分霊箱はすべて壊され残るはハリーのみ。こればかりは流石にどうすることもできず、今は保留となっている。

その過程でニコラス・フラメルの英断により賢者の石は破壊され、バーテミウス・クラウチJr.の存在も明るみに出た。


「平和だ……」

「ちょっと、リリー!ボーッとしてないであなた練習するべきよ!」

「分かってるって。誰もがハーマイオニーみたいに優秀じゃないんだから、少しくらい休ませてよ」


『優秀』の言葉に頬を赤らめもじもじと引き下がる彼女とは組分け後に仲良くなった。そしてすぐ後ろにはハリーとロンもいる。私はグリフィンドール生だ。

「ここ」へ来る前(仮に生前とする)は魔法的な力を何一つ持っていなかった私だが、私が現れたとき(つまり目が覚めたとき)に強大な魔力を検知して駆け付けたのだと言うダンブルドアを信じて力を捻ると、セブルスの頭に花が咲いた。彼の真っ黒な髪に転々と咲き誇る小さな白のカスミソウはまるで星空のようで、我ながら良いセンスだと思った。ダンブルドアに鏡を渡されワンテンポ遅れて気付いたときのセブルスは……思い出したくない。


ヴォルデモートの封印やクラウチJr.とペティグリューの逮捕、その他諸々に貢献したとして、グリンゴッツに作った私の金庫には報奨がたんまりと入った。魔法省で私は奇跡の予言者扱いらしい。

しかし私の身の上は明かせるものではない。すべてダンブルドアを介して行い、私の名は望んで伏せることにした。関与を知るのは初日に出会った私たち三人だけ。

だからこそ私は今、平和なのである。

遊んで一生を暮らせそうな財産に、今後の生活への不安はすべて吹き飛んだ。しかし私は何故だか未成年。突然ホグワーツに現れた理由も生い立ちも語れない私に、ダンブルドアは居場所を与えてくれた。つまりはこのホグワーツへの入学許可だ。

もちろんセブルスは猛反対したし、私もそこまで図々しくない。正直なところ私に都合の良い展開すぎて恐かった。1年経った今でも夢説が捨てきれないのはこのせい。夢オチだったりするのかも。

私が(見た目だけは)子供であることと、ここで縁を切れば不安定な魔力を抱えたまま一人生きて行くことが目に見えていたため、私もセブルスも最終的にはダンブルドアに従うことにした。

書類上だけでも保護者は必要だろうと私の親代わりとなったのはセブルスだった。イギリス魔法界激変の渦中にいるダンブルドアに突如養子ができては怪しいことこの上ないからだ。それは私もセブルスも納得した。セブルスはスネイプ姓を名乗らないことを条件に私を受け入れてくれた。お優しい人である。


さて、ここでもう一度あの台詞を言わせていただこう。


「これ知ってるやつだ……トリップだわ……」

「リリー?そろそろやる気になったのかしら?」

「まぁね、ちょっと頭の中を整理してただけ」

「理論を思い出すのは効果的だわ。さぁ、どうぞ?」

「よし、いざ!」


私の第二の人生は既に始まっている。


「ウィンがーディあム・れヴィオーさ!」

「……練習には付き合ってあげる」


どうやらイージーモードは選べなかったらしい。








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