163 永遠に


エバンズの墓参りは彼女を彷彿とさせる太陽の下で行われることになった。マントを脅かす冷たい風に怯んでも、空に輝く温もりがあれば内側には熱が灯る。数日振りの太陽に「エバンズが呼んでいるのかも」とリリーが言えば、スネイプは鼻で笑って「くだらない」と一蹴した。


乾いた音を弾かせて、二人がゴドリックの谷の外れに現れる。揃いの黒に身を包み、いつものローブをマグルの服装へと変えていた。数人のマグルとすれ違ったが誰一人として奇妙な二人組だと気にかける者はいなかった。


「お花、買って行っても良いですか?」


通りの奥の花屋を指してリリーが言った。


「人の手で愛されて育った花を、エバンズに贈りたいんです」

「だがマグルのお金は持ち合わせていない」


そういうことは家を出る前に言うものだろう、とスネイプが眉間を寄せた。しかしリリーは歩みを止めることなくニヤリと笑う。


「用意してきました」


日本で購入したいかにもお土産といった風の巾着を取り出し、彼へと渡す。


「それで足りると思いますか?」


用意はしたものの、リリーはマグルのお金に疎い。仕事のこともあり薬草の物価なら自信はあるが、マグル式で育てた花となるとどれほどの値が付けられるのか分からなかった。したり顔から一転、不安げに眉尻を下げる彼女を横目に見て、スネイプが中身を確認する。カサリと指で掻き分けて数えた。


「これでは……」


言葉を濁すスネイプにリリーの表情が一層落ち込む。


「我々の両手で抱えきれないほどしか買えんな」

「もう!十分なら初めからそう仰ってください!」


意地の悪い笑い方で肩を竦めるスネイプを置いて、リリーが距離を取ろうと大股で進み行く。店に入る直前で振り返り、彼も向かって来ていることを確認すると中へと消えた。スネイプはふっと笑みを溢し、彼女に続く。


「エバンズの好きな花はご存じですか?やっぱり百合?」


手塩に掛けて育てられた花は穏やかな室内に守られ凛と咲き誇っていた。棚や通路に所狭しと並んだ色とりどりに迎えられ目移りしていたリリーはスネイプを見つけると手招きをする。


「さぁな。私は数年間彼女と親しくしていたが、そういった話はしていない。察するほど器用な男でもなかった。……君の好きな花は何だ?」

「私ですか?んー……花は詳しくなくて。薬草なら分かるんですが」


片っ端から吟味しながら、リリーが顎に手を当て唸る。すっかり魔法薬学に染まった彼女にスネイプがまたふっと口角を緩める。小馬鹿にしたようにも見えるその表情。しかし一緒に過ごしてきたリリーには彼の温かな胸の内が透けるようだった。

出会った頃のことを思えば、彼は随分と表情が柔らかくなった。いい加減慣れなければ心臓がもたないというのに、まだまだ暴れまわる元気がある。この先もこの熱い気持ちが冷めることはない。そう確信できる。


「――あ、これ綺麗!」


惹き付けて止まない彼の表情。落ち着こうと逸らした先で、一際清らかな花に誘われた。


「ならそれを。彼女の好きな花は知らんが、綺麗だと感じた気持ちや贈りたいという思いそのものを喜ぶ。彼女はそんな人間だった」


隣に並んだスネイプがリリーの肩を引き寄せる。甘えるように身を寄せて、彼女はその花へと微笑んだ。


「そうですね……私もそう思います。あ、ジェームズ・ポッターさんへも何か――」

「知らん。我々が行くのはリリーの墓参りだ」


途端、肩を離し眉間に深くシワを刻んだスネイプにリリーが抑えきれずにクスクスと笑う。

会計を任せて外へ出れば、風が一段と冷たく感じた。指先を温めながら待っていると、風が和らぎふわりと濃厚な花の香りが混ざる。隣には両手一杯にリリーの選んだ花を抱えたスネイプがいた。


「奮発しましたね」

「18年分には少ないくらいだ。費用はあとで返す」

「いいですよ、そのくらい。あ、代わりに美味しいランチが食べたいです」

「店を選ぶのは君だ」


曲げられたスネイプの腕へ手を絡め、村の中心にある広場を歩いた。中央に差し掛かれば戦争記念碑が像へと変わる。癖っ毛に丸眼鏡の男性、豊かな長髪の美しい女性、そしてその腕に抱かれた赤ん坊。二人はその像をしっかりと目に焼き付けて、しかし止まることはなかった。

入口の狭い門を通り、教会の裏手に回る。墓地は雪融け水で湿り、物陰にはまだ溶けきっていない薄汚れた雪が積まれていた。

通りではすれ違う人もいたが墓地まで来れば人気はない。リリーは《本》の記憶を頼りにポッター夫妻の眠る場所を探した。途中ダンブルドア家やペベレル家の墓も見つけた。


「リリー、ここだ」


眠りを妨げることのない、静かな声。リリーは吸い寄せられるように彼の隣へ並ぶ。視線を絡ませ微笑みあってから、スネイプが花を手向けた。口を開いては閉じる彼に代わり、リリーが墓前にしゃがみ込む。


「エバンズ、ご無沙汰しています。覚えていらっしゃいますか?勉強だけが友達だった私に声を掛け続けてくださったこと。お陰で私、変われました。お礼を言えずにいたことが、気になっていたんです。もうここしか、伝える場がなくて。ありがとうございました。

セブルスのことは私に任せてください。あ。ご存じですか?セブルスの守護霊はずっと牝鹿なんです。私というものがありながら」


振り返りばつが悪いと視線を逸らすセブルスを仰ぎ見て、リリーがにこりと目を細める。


「でもそんな彼だから、私は愛しているんです」

「リリー……」

「さぁ、セブルスの番ですよ」


するりと彼の手がリリーの頭を撫で肩を滑っていった。彼女が立ち上がり場所を譲る。スネイプは彼女のいた場所へ膝をついた。


「ここへ来るのが遅くなった。再び君の前に立つ自信が持てるまで、こんなにも長くかかってしまった。

――私を見てくれ、リリー。今の私を。

もう、君を失望させた頃の私ではない。私にも愛すべきものがたくさんできた、失いたくないと思えるものが両手に抱えきれない。……故に、あの日君の息子を死へ送り出したこと、それを後悔していない私を、許してほしい」


もちろん返事はない。許されることも許されないこともできない。それでもスネイプは満足げに柔らかな笑みを浮かべた。憑き物が落ちたような清々しさのある微笑みだった。


「我々が変われたのは君のお陰だ。

リリー、ありがとう」


僅かに上がった彼の口角に、熱いものがリリーの胸の内を満たしていく。忽ち限界を迎えたそれは涙となって溢れていった。


「何故君が泣く……」

「分かりません。ただ、来て良かったと……」


スネイプは立ち上がると袖口をリリーの頬へ押し付けた。拭いきれなかった分を親指を滑らせ掬う。


「泣くのはもう少しあとだ」

「あと……?」


小首を傾げて問うリリーに、スネイプはゆったりとした瞬きで返事をした。真っ直ぐな漆黒の瞳がリリーを包む。


「生憎私は神を信じていない。だが誓いが必要だというのなら、リリーに。もちろん君自身にも誓おう。未来は不透明だが、私はこの先のすべてを君に捧げ、愛し抜く」


彼にとってエバンズがどんなに大きな存在か。知っている私だからこそ、その彼女に誓うという彼の言葉の重さが分かる。もう彼の心を疑い否定したりはしない。


「私もあなたにすべてを捧げ、愛し抜きます」

「形に囚われる気はないが、君にもし……まだその気があるのなら……」


スネイプはそこで言葉を切って、深く息を吸い込んだ。


「家族にならないか?」


眉尻を下げ、淡く微笑んで、細めた目に不安と懇願を滲ませる。

リリーは腰が抜けガクンと全身から力が抜け落ちた。瞬時に腰へ回されたスネイプの手に支えられ、二人で湿った地面へ膝をつく。じわりと不快に濡れる服も今は気になるはずがない。

ボロボロと先程とは違う大粒の涙を流すリリーの頬へ手を添え、スネイプがふっと安心したように笑った。


「君を見れば明らかだが、私はまだ返事を貰えていない」

「そんなの、もちろん、なるに決まってます!」


形がどうであれ私たちの未来は共にある。それでも選んだ形だからこそ、一層繋がりを深くしてくれる。

サワサワ、と太陽の恩恵を受けた風が二人を撫でた。スネイプの温もりを全身に感じながら、リリーは彼の肩に顔を埋めて泣いた。流せば流すほど幸せに満たされていく。


スネイプが身体を離し、リリーが顔を上げた。自然と重なる唇が、言葉にならないすべてを移す。混ざり合う熱と共に苦悩も罪も後悔も喜びも幸せも共有し合う。


未来は、

シナリオなしで歩みを始めている




END


謝辞

Main



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -