あたしの日常。






《いつも通り》とか《日常》とか、


そんなものあってないようなものなんだと。


そういった彼女の顔が、今も思い出せないでいる。













*****







タンタンタン、と軽快なリズムで葱を刻む。
本日の汁物は豆腐としめじのお味噌汁。
玉子焼きは出し汁たっぷりでしらす入り。
後一品は昨日安く手に入れた鮭の塩焼き。うむ、The☆日本人の朝食だね。
多めに焼いた玉子焼きを切り分けてお弁当箱に綺麗に詰めれば、丁度いい時間になっていた。
エプロンを軽く畳んで、あたしは軽快に2階への階段を登っていく。
突き当たり左の部屋をヒョイと覗けば、こんもりとした毛布から右手だけが伸びていた。どうやら今日も目覚まし時計は意味がなかったらしい。




「蓮ちゃん、蓮ちゃーん。朝ご飯出来たよー。」

「・・・む・・・」

「ほらほら起きた起きた!
朝練あるんでしょ?遅刻すーるーよー?」

「・・・あ、ぁ・・・?」




カーテンを開けながら呼びかければ、蓮ちゃんは渋々と起き上がった。
自慢の黒髪に若干寝癖がついているけども、それも麗しいね。うん。




「光希、・・・だよな?」

「そだけど?
え、なんかあった?」

「や、何でも・・・お、はよーさ、ん・・・・・・」

「って言いながら布団に潜り直さないの!!」

「だってそこに不愉快な顔があるから・・・」

「ねえそれあたし?あたしの事言ってんじゃないよね?!」




心外な暴言に傷つきながらも掛け布団を引っ剥がす為に攻防戦を続けてたけども、寝ぼけている癖にハンパなく力強い。
結局数分の格闘の後、レポート提出の為徹夜明けだったのに起こされたお兄様があたし達丸ごとぺぃっと放り出した事で決着がついた。




「痛い・・・」

「自業自得ですー。てかあたしにまで被害及んでるし。」

「そりゃドンマイ。」

「他人事みたいに・・・!」




仮眠しに戻ったお兄様抜きで食卓を囲む。
たんこぶの痛みにブーブーと文句垂れてるあたしを総無視しながらも、彼女は味噌汁を優雅に啜っていた。

彼女は『水城蓮』。
あたしと同じ高校生で、スーパー完璧美人。
長い黒髪に切れ長で伏し目がちな漆黒の瞳。と、まあよくある典型的な大和撫子である。
まあ性格はツンデレって言うか苛烈と言うか・・・中々に厳しい方だけどもね。
比較的根は優しい事はあたしが保証しよう。

と、そんな事を脳内で胸張って自慢している内に蓮ちゃんは食べ終わってしまったみたいだ。
気づいたら目の前からいなくなっていた事に慌てて自分の残りのご飯を口に詰める。
流し台に茶碗を漬けた後、女子らしいサイズの(こちらとしては少なすぎる気もするけど)お弁当を持って玄関へと向かう。




「いつもながらごちそーさん。」

「お粗末さん。
はい、お弁当はコレね。」

「ん。」
 
「今日帰りは遅くなる?」

「いや、テスト前で部活は自主練だけだからな。いつもみたいに遅くはならない。」

「じゃあ夕飯の買い物手伝ってよ!
今日野菜がお安いんだよねー。蓮ちゃんの好きな南瓜の煮物作るから、ね?」

「別にいいけど・・・」

「うし!じゃあ自主練終わる頃に迎え行くから!」

「はいはい・・・」




まだ眠気が抜けきってなく返事も力ない蓮ちゃんに本当に朝練大丈夫かと一瞬思ったけども、全国覇者の実力は伊達じゃないからきっと何とかなるだろう。

扉を越す前に蓮ちゃんは立ち止まる。
靴箱の上には、幸せそうに微笑んでいる4人家族の写真。




「おはよう、父さん、母さん。
・・・行って来ます。」

「いってらっしゃい!」




また後でー!と声をかけたけど、そのまま振り返らず蓮ちゃんは竹刀を担いで行ってしまった。
・・・めげない、ガン無視でもめげないよあたし・・・!

と、感傷に浸ってる場合じゃなかった! 片付けと洗濯物含めるとそろそろあたしも遅刻しかねない時間だ。
その事に気づいたあたしは、慌てて台所に戻ってお皿を洗い始めるのだった。



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