千夜に降る雨3
「何者かと訊いている」
人の領域に踏み込んでおきながら悪びれる様子もない少女に、彼は苛ついた様子で同じ言葉を繰り返した。
「あぁ、ごめんなさい!私はちよ。薬草を探しに山に入ったのだけど……いつの間にかこんなところまで来てしまって」
完全に道を見失った、とため息をつきながら周りを見渡した。いかにも困り果てた、ていうその動作は少女の状況から見れば自然なものであったが、彼はその姿に眉根を寄せた。
「……?」
「で、あなたの名前は?人に訊いておいて自分が名乗らないのは失礼よ」
彼のそんな様子には気付かないようで、少女はそう声をかけた。
「……雷(らい)、だ」
「雷ね。それにしても良かったわ。こんな山奥で人に会えるとは思わなかったから」
少女は安堵したように笑みを浮かべた。
「雷はこの辺に住んでるの?村とか近いのかしら?」
「……こんな所に村を作る物好きな人間がいるなら見てみたいな。ここには俺一人しかいない」
呆れたように息を吐き、雷はそう答えた。お前は馬鹿か、と言わんばかりだ。道に迷って不安な人間に対してあまりな態度である。ちよもそう思ったのであろう、表情を険しくして雷に食って掛かった。
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