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千夜に降る雨2



 古より、天狗が住んでいるとされる山があった。人々はその山を畏れ、敬い、聖域として滅多なことでは深く足を踏み入れることはなかった。
 しかし、その山の奥深くにひとつの人影があった。密集した木々がまるでその場だけを避けるように少し開けた場所で、青年は大岩に腰掛けていた。荘厳な空気さえ漂う、本来なら人を寄せ付けぬ場所で、穏やかな光を浴び、うたた寝しているように見えた。
「……?」
 ざわざわ、と風が枝を揺らす音に、彼はふと目を開けた。
「妙な風だな。なんだ?」
 すとん、と落葉の広がる地面に降り立ち、周囲に視線を巡らせる。徐々に葉の色を変え始めた木々と静寂が空間を包む中、彼はある一点に目をとめた。
「あぁ、ちょっと開けた所に出たわね……どれくらい深くに来たのかしら。もう土だらけだわ」
 ざく、ざくと足音を立てて表れたのは、一人の少女だった。腰ほどまであるゆるく束ねた髪には小枝や枯葉が絡まり、道なき道をくぐってきたことが窺える。
「……何者だ」
 彼は問うた。この山の者ではないことはわかる。問題はなぜここに居るか、だ。
「え?……人!?良かった!」
 自分ではない者の声に、少女は顔を明るくした。ここに人が居るということに疑問を抱く様子もなく、声の主に駆け寄った。
「少しお尋ねしたいのだけど……」



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