星紡ぎのティッカ12
「……これって」
ステラが見せたのは、金色の糸で編まれた小さな花だった。拙い手先で編まれただろう花弁は少しばかり歪だったが、その花は泥にまみれても星の輝きを失ってはいなかった。間違いない。あの日、ティッカがカペラに渡した御守りだった。
「――私が死んでしまったのは、とても大きな不幸だったのですって」
手の中の小さな花に視線を落としながら、ステラは静かに語り始めた。
「運命っていうの? どうしようもなかったんだって。星の光も届かない泥の下に埋もれて、空に還ることも出来なかった。けどね、この光が私の道標になってくれたの。だから私は空へ還って――またここに来れたのよ」
それより前のことは覚えてないんだけどね、とステラは笑う。彼女の話を、ティッカは信じられない思いで聞いていた。失われた命は空へ還り、そして時々転生を待たずにノクスの森へと落ちてくる。人々に、星の加護を授けるために。ならば、ステラは。
「私ね、このお花を作ってくれた人に会いたいなって思うんだけど……ティッカ?」
彼女が語り終えるのを待たず、ティッカの瞳からは大粒の涙が溢れ出していた。驚いて目を丸くする少女に、ティッカは嗚咽を堪えながら必死に微笑む。
「……それ、ね。僕が作ったんだ」
つっかえながらもなんとかそう告げると、ステラは一瞬固まって、次に何度か目を瞬かせた。かと思うとじわじわとその口元が緩み、最後には破顔してティッカに飛び付いた。
「わっ、ち、ちょっとステラ!」
「ほうら、言ったでしょ! ティッカはちゃんと私を守ってくれてたんじゃない……また、会えたね」
頬をすり寄せて喜ぶ彼女の身体を、ティッカはぎこちなく抱き返した。暖かい。これはあの日感じたカペラの温もりであり、ティッカが何度も触れた星の光と同じ温度だった。またね、というあの日の約束を、彼女は守ってくれた。ティッカに会いに来てくれたのだ。それが、たまらなく嬉しかった。
「……あのね、ティッカ」
しばらく喜びを分かち合っていた二人だったが、不意にステラが顔を上げ身体を離した。その姿をみて、ティッカは違和感を覚える。どことなく、彼女の身体が光を放っているように見えたのだ。人々に力をもたらす、淡い星の光。最初は微かに、徐々にはっきりと。それは目の錯覚などではなく、光はどんどんその強さを増していく。
「な、何?」
「やりたいことは出来たから、もう元に戻らなきゃいけないの。それが決まりだから……でも、ずっと一緒だからね」
「ステラ……?」
どういう意味なのだと、尋ねる間もなかった。彼女はティッカの手を握り締め、静かに目を瞑る。その直後、ステラの放つ光が唐突に膨れ上がった。その強烈な閃光に、ティッカは咄嗟に残った片手で目を塞ぐ。瞼を通しても分かるほどの、眩い光。ようやくそれが収まり目を開けると、ステラの姿は掻き消えていた。慌てて、辺りを見回す。しかし、彼女はどこにも見当たらなかった。それどころか、周囲の景色さえ変わっている。土砂崩れの山は消え、見えるのは緩やかな広葉樹の群れ。元いたノクスの森だった。
「何が、起こったの……」
呆然と、森の景色を見渡す。何がどうなっているのか理解出来ず、何度も同じ場所を見返してはステラを探した。そうしているうちに、ティッカはふと自分が何かを握っていることに気が付いた。最後にステラが握っていた方の手だ。恐る恐る、その指を開いてみる。そこにあったのは、親指大ほどの石だった。暁の色の中に、所々緑の粒が光っている。カペラの色だ。そしてその石を見た瞬間、ティッカは確信した。これは、自分の守護の石だ。カペラが、自分を助けるために地上に戻って来た姿なのだ。理解した途端に、一旦は途切れていた涙が再び頬を伝う。
「……僕も、約束守らないとね」
――立派な、星紡ぎになって。
別れ際にカペラが言った言葉を思い出す。カペラは、こうして会いに来てくれた。なのに、自分はなんだ。ずっと進もうとしなかった。現実から目を背けて、逃げてばかりだったのだ。このままでは、せっかく約束を守ってくれたカペラに顔向け出来ない。今からでも、まだ間に合うだろうか。彼女に恥じない、星紡ぎに――。
小さな決意を胸に、ティッカは天を仰ぐ。木々の合間に輝く星々は、これまでの二年とは少し違って見えるような気がした。まるでティッカに語りかけ、導いてくれるように感じられるのだ。ティッカは守護の石を再び強く握ると、村へと向かってしっかりと歩き出した。
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