星紡ぎのティッカ7




 人が死んだ後、魂は空へ還るのだという。次の生を受けるための力を蓄え、空の上でその時を待つ。その輝きこそが、星の光だ。星紡ぎは、彼らの助けを得て力を発揮する。
 木々の合間から覗く夜空を眺めながら、ティッカは師からくどいほど聞かされた教えを思い出していた。あの光は、命の輝きそのもの。彼らは地上に残された愛しい者のためにその力を降らせ、それを受け取って必要な形にするのが星紡ぎだ。我々は星の力を借りているにすぎない。決して驕ることなかれ。それを忘れれば――今のティッカのようになる。
 ひとつ、溜め息を吐いて、ティッカは止めていた歩みを再開した。夜の森。梟の声やネズミの足音が、時折その静まり返った空気を震わせる。周りは冬でも葉を広げる広葉樹が緩やかに群をなし、風に吹かれてはざわめいていた。何の変哲もない、小さな森だった。地面の起伏も少なく、散歩しながら森林浴するには最適だろう。
 そんな森が持つ、《星が降る森》という異名の由来は、その名の通り星が落ちてくるからである。空に輝く魂が、転生の時を待たず光を纏ったまま降ってくる。その場所が、ここだった。理由は定かではないが、地上を恋しがって、或いは人々により強い加護を与えるためだとも言われる。降ってきた星は地上に着く前に殆どが燃え尽きてしまうが、その残滓は不思議な力を宿す石になる。それが、星紡ぎの守護の石。ティッカが探さなければならないものである。見つかるまでは、塔に戻ることは許されない。それが古くから定められたら掟だった。過去にそれを破った者もいたようだが、もはや村に居場所は与えられなかったという。
 ならば自分は、二度と塔にも村にも足を踏み入れることは無いだろうと思った。落ちてきた星の石を、どれでも持ち帰ればいいというわけではない。星紡ぎと守護の石にも相性がある。合わないものだと、逆に災いをもたらすとされていた。レド曰わく、自分の石は見れば分かるという。しかし森を歩いて半日、ティッカは未だ何の気配も感じられなかった――そもそも、感じることなど出来はしないのかもしれなかったが。
 少し歩いて、ティッカは再び足を止める。いい加減、ティッカの体力は限界に近付いていた。石を探して地面を凝視していた目も疲れたし、歩き通しで足が痛い。何もかもが面倒になって、ティッカはその場で座り込んだ。ただでさえひんやりとした森の空気は、太陽が沈んだことで余計に冷たくなっていく。寒さには慣れていたが、いつまでも耐えられるわけではない。凍死するのと、冬籠もり前の獣の餌になるのと、どちらが楽だろうか。すっかり不貞腐れて、そんなことを考え始める。ティッカは星紡ぎとしては出来損ないだし、かといって村の子供達のように畑仕事の知識があるわけでもない。
 こんな人間なら、いっそ居ない方が村のためだろか――どこまでも重い方向に思考が傾いていく中、ティッカはふと視界の隅に奇妙なものを見つけた。木立の隙間に見え隠れする、動く影。熊か何かと身構えるが、それにしては小柄である。その動きをよく観察して、ティッカはようやく気がついた。
「……人?」
 それも、体格からしてまだ幼い。村の子供だろうか。だとしたら、こんな時間に一人でいるのは危険すぎる。星紡ぎの試練とはいえ、放って置くわけにはいかないだろう。何をしているのかは分からないが、せめて森の外まで送って行かなくては。
「ねぇ、君! どうしたの、こんな所で」
 駆け寄りながら、ティッカは声を掛けた。女の子だ。淡い金髪を肩の上で揃え、白い膝丈のワンピースを着ている。恐らく、ティッカより二つか三つは年下だ。何かを探すように俯いていた少女は、ティッカに気がつき顔を上げた。



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