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星紡ぎのティッカ5


 気にしすぎるな、とレドは言う。しかし、この日を境にティッカはぴたりと星の糸を紡ぐことが出来なくなった。淡い光から糸を手繰り寄せる感覚も、ほのかな暖かさが指に絡まる感触も、もう分からない。思い上がった愚かな子供への、これは罰なのだろう。ティッカは星の加護を失った。もう、夜空に煌めく光の力を借り受けることは出来ないのだ。
「ティッカ」
 レドに名を呼ばれ、ティッカは我に返った。気付けば、テーブルには暖かな食事が並んでいる。無心で作業するうちに、夕食はとっくに出来上がっていたらしい。いつまでもぼうっとしているティッカを、レドは食卓へと促した。
「冷めないうちに、早く食べてしまいなさい。片付けたら、鐘楼へ行くから」
「はい」
 レドの言葉に従い、ティッカはテーブルについた。硬いパンと豆と薫製肉のスープ、それからミルクを手早く口に詰め込んでいく。すっかり陽は暮れた。これからが、星紡ぎの仕事の時間だった。


 肌寒い風が木の葉を散らすようになった晩秋、夜の空気は殊更冷え込んだ。好んで風邪を引きたい輩でもなければ家で暖を取るだろうが、ティッカとレドは今、塔の鐘楼にあたる場所にいる。鐘楼、といっても鐘はなく、便宜上そう呼んでいるにすぎない。遥か昔にはそういう役割も果たしていたのだろうが、星紡ぎには邪魔なだけだった。とっくに取り払われて、現在は呼称に名残があるのみとなっている。
「じゃあ、始めようか」
 鐘楼の端、星明かりが一番よく降り注ぐ場所に、レドはどっかりと腰を下ろした。村のどこよりも、一番星に近い場所だった。星紡ぎがわざわざ村から離れた塔に住むのは、このためだ。より近くに星の力を感じ、静寂で意識を研ぎ澄ます。毎夜、レドはこの鐘楼で星の光を紡ぐのだ。
 レドは座ったまましばらく瞑目していたが、やがて目を開けると静かに空へ手を差し伸べた。くるくると何かを巻き取るように手を回すと、不思議と細い光の筋が現れ、レドの指に絡みつく。レドは慎重にそれを手繰り寄せると、手際よく光の糸を編み上げていった。片手の指に絡め、端を引っ張り、また引っ掛ける。糸が少なくなってくれば、再び空に手を伸ばして星に請うた。それを何回も繰り返して、星紡ぎの作品は少しずつ形になっていく。星の力を借りることが出来るのは夜だけだ。作業は手早く、確実に行わなくてはいけない。師の手並みは、実に鮮やかだ。
 そしてティッカは、その過程をひたすら眺めているだけだった。頬を撫でる風の冷たさに、もうすぐ同じ季節だな、と思う。あの日までは、ティッカの星紡ぎをレドに見てもらうこともあった。けれど今、同じことは出来ないのだ。戯れに、ティッカも空へ手を伸ばしてみる。しかし凍てついた空気が指先をかじかませるだけで、星の力の片鱗すら感じ取ることが出来なかった。星々に嫌われた星紡ぎなど、聴いたこともなかった。星は空で変わらず輝いている。なのに自分だけ暗闇に取り残されたようで、ティッカは伸ばしていた手を胸元で固く握りしめた――師が、ティッカを見つめて悲しげに目を細めていることにも気付かずに。



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