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星紡ぎのティッカ4




 ティッカが住む《星の塔》は、村から少し外れた湖のほとりにある。ハダル村との行き来は少々面倒だが、人々の喧騒から隔てられた静寂と、湖の涼やかな青が心を落ち着かせてくれる場所だった。遠い昔、星々に祈りを捧げるために作られた塔なのだという。古びた塔は真っ直ぐ空へと背を伸ばし、仰ぎ見ると首が痛くなるほど高い。その麓にある重い鉄の扉を押し開き、ティッカは声を張った。
「師匠、ただいま戻りました」
 その声を聞き、テーブルで何やら筆記していた老人が振り返った。ハダル村のもう一人の星紡ぎ、ティッカの師匠レドである。老いて色が抜けたわけではない白い髪、濃い藍色の目。ティッカ以外で唯一同じ特徴を持っている人間だった。レドはティッカの姿を認めると、使っていた道具をしまってふわりと微笑んだ。
「おかえり、ティッカ。ちょうど、そろそろ夕飯の支度をしなければと思っていたんだよ。今日は何を貰ってきたんだい?」
「はい。野菜と、薫製の肉も少し。あとリゲルからお菓子も」
 言いながら、荷物をテーブルに広げてみせた。星紡ぎはその業で村に恩恵を与える代償に、食料や水、一部の日用品などを分けてもらう。年を取ると村との往復も面倒なのだ、と言う師の代わりに、こうしてティッカが受け取って来ているのだ。レドはその内容を確かめながら、ふむ、と顎髭を撫でた。何かを思案する時の彼の癖である。
「肉はスープに入れよう。塩気がついてちょうどいい。そのクッキーは、ティッカが貰いなさい」
「え、でも」
 これらの品は、師の作った御守りや装飾品に対しての恩賞である。受け取るべきはレドであり、ティッカはあくまで使いを果たしてきたにすぎない。視線でそう訴えかけるが、レドはまったく意に介さなかった。
「たまにはいいだろう? いつも頑張ってくれているしね。さぁ、食事の支度を手伝ってくれ」
「……はい。ありがとうございます」
 片目をつむって茶目っ気を演出するレドに、ティッカはそれ以上言い返すことが出来なかった。小さく頷き、師の作業を手伝う。彼の心遣いは嬉しかったが、当時に惨めな気持ちにもなった。頑張っている、などといっても、肝心の星紡ぎとしての修行は捗らない。力を失ってしまったのだから、どうしようも出来なかった。その事実も原因も知っているのに、レドはなぜティッカを手元に置いたままにしておくのだろうか。
 二年前。遠くの町へ引っ越すというカペラの家族は、その人数分の旅の御守りを欲しがった。もちろん相応の対価を払うものとして、レドはそれを請け負った。そんな時、カペラが駄々をこねたのだ。どうせなら、ティッカの作った御守りがいい、と。
 とんでもない、とティッカは首を振った。星紡ぎの力は、一人前と認められて初めて他人に行使することが許されるものだ。未熟な力を、人に与えることなかれ。そう口酸っぱく師に言われていたからこそ、ティッカは断ろうとした。だが、後押ししたのは大人達の方だった。ティッカには才能がある、いい機会だからやってみなさい。その方がカペラも喜ぶ。そう言われて、ティッカも慢心した。
 結果、カペラは死んだ。馬車での移動中に土砂崩れに巻き込まれ、泥の下で冷たくなった。レドの御守りを持っていた両親は、奇跡的に助かったという。カペラだけが、死んでしまった。そこから導き出される答えは一つである。ティッカの御守りでは、彼女を守りきれなかった。否、むしろ星々の怒りを買って災いを招いたのかもしれない。カペラが持っていたのが師の作った御守りなら、きっと助かっただろうに。ティッカの自惚れのせいで、彼女を犠牲にしてしまったのだ。



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