星紡ぎのティッカ3
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星紡ぎ、と呼ばれる人々がいる。星の光から糸を紡ぎ、それを編み上げて形を作る。摩訶不思議な力で作られたその品は微かに金の光を放ち、夜空の星が手の中にあるような美しさと世で讃えられた。また星紡ぎの作品は星の光そのものであるゆえか、特別な効果がある。どんな魔をも撥ねのける厄除けとして、あるいは心願成就の御守りとして、至る場所で珍重された。
しかし不可解なことに、星紡ぎが生まれるのは大陸の果てのハダル村だけだった。世界広しと言えども、他の町や村で誕生した例はない。これといった産業もなく、大きく歴史に関わったこともない小さな村。強いてそれらしい理由をでっち上げるとするなら、空気が非常に澄んでいて星空がよく見えるから、だろうか。
そういった理由で、ハダル村にとって星紡ぎの存在は非常に重要なものだった。彼らの作った御守りで何度も村は救われたし、その作品は重要な収入源でもあった。村人は常に星紡ぎを敬い、崇め立て、今日まで生きてきたのである。
そしてティッカも、そんな星紡ぎの一人だった。
「ティッカさまー!」
村での用事を済ませた帰り道、不意に呼び止められティッカは足を止めた。陽はもう随分と傾き、村人達は夕食の支度を始めた頃だろう。茜色に染まったハダル村は、人影もまばらだった。そんな中聞こえた声は、かなり遠くからのものと思われた。首を巡らせ声の主を探す。何度か同じように見回していると、やがて小高い丘の上で手を振る子供の影を見つけた。こちらが気付いたのを見てか、子供はティッカのいる場所目掛けて走り出した。あの子供の名は、確かリゲルだったか。ありきたりな農家の息子で、ティッカより三つか四つ下の少年だ。視界に映っていたリゲルはせいぜい小指の先ほどの大きさで、よくあんなに遠くから見付けたものだと感心する。
そこまで考えて、ティッカは自分の容姿が非常に目立つのだということを思い出した。雪のように白い髪、夜空を模したとも言われる濃い藍色の瞳。星紡ぎの力を持つ者の特徴である。どんなに遠くても分かる、と昔も言われたものだった。
「ティッカさま! こんにちは!」
丘を駆け降りたリゲルは、ティッカに追い付くと行儀よく挨拶をした。肩で息をしながらも、軽く頭を下げるのを忘れない。
「やぁ、リゲル。そろそろ家に帰る時間じゃないのかい?」
「うん。でもティッカさまが見えたから、母さんがこれ持ってけって」
そう言いながら彼が差し出したのは、小さな袋に包まれた焼菓子だった。まだ作られて間もないのか、香ばしく甘やかな匂いがティッカの鼻腔をくすぐる。
「ありがとう。お母さんにもよろしく言っておいて。……あと、ティッカ“様”じゃなくていいよ」
リゲルから袋を受け取り礼を言うついでに、それとなく言葉を添えてみる。皆この髪と目を見て敬ってくれるが、自分にはその敬意を受け取る資格はない。常々そう思っていた。しかしそれを聞いたリゲルは、怪訝そうに首を捻る。
「どうして? 星紡ぎさまは大切な人達だから、失礼なことするなってみんな言うよ。ティッカさまは、星紡ぎなんでしょう?」
「うん、まぁ……見習いだけどね」
無邪気に問い返されて、ティッカは苦笑した。小さな子の純真さには敵わない。不本意ながら、頷くしかなかった。ティッカが肯定したことで満足したのか、リゲルは来た道を振り返る。
「じゃあ、おれ帰るよ! 母さんのクッキー美味しいから、絶対食べてね!」
「うん。またね」
ティッカが言い終わるかどうかのうちに、リゲルは慌ただしく去っていった。それを見送りながら、ティッカは密かに溜め息を吐く。人々に敬われるのは、居心地が悪い。そんな必要は無いのだと何度も訴えたが、結果は大体似たようなものだった。リゲルだけではない。ハダル村の誰もがティッカに畏敬の念を持ち、丁重に接してくれた。もう、自分にそんな価値はないというのに。
「……カペラ」
小さく、大切な名前を呟く。それだけでも胸が押し潰されそうだった。二年前に彼女を亡くした日から、ティッカは力を失った。もう星の糸を紡ぐことはできない。すべては自身の驕りが招いた結末だ。星々に見放された、愚かで哀れな星紡ぎ。それが、今のティッカだった。
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