星紡ぎのティッカ2
「大丈夫よ。ティッカの御守りなら、絶対私のこと守ってくれるもん。それに、これを持ってれば大きくなっても私だって判るでしょ?」
どこに根拠があるのかはさっぱり解らなかったが、カペラの言葉は非常に頼もしいものだった。しかしその内容に、ティッカは少なくはないはない寂しさを感じずにはいられなかった。これを限りに、カペラとはお別れだ。彼女は遠い町に引っ越してしまう。今日はその見送りだった。渡した小さな金の花は、旅の道中の安全を祈る御守りである。
「……僕が解っても、カペラが忘れちゃうよ。引っ越し先、大きな町なんでしょ?」
こんな小さな村よりもっと多くの人と出会うだろうし、面白い遊びも沢山あるだろう。そういったものに日々触れていれば、村のちっぽけな幼馴染みのことなどあっという間に記憶から消えてしまう。そう言いたかったのだが、カペラは自信に満ちた顔で大丈夫よ、と胸を張った。
「絶対忘れないわ。ティッカみたいな色の人、他にいないもの。真っ白な髪と、夜空の瞳! 綺麗で大好きなの」
思わぬ不意打ちを喰らい、ティッカは反射的に俯いた。顔に熱が上り、動揺で言葉が出てこない。カペラは、唐突にこういうことを言い出すことがあるから困る。確かにティッカの容姿は少々特殊で、他にはあまり見ないものたった。奇異の目で見られることもあるが、村の人は大抵褒めてくれる。だから今更こんなに照れる必要は無いはずだ、とティッカは自分に言い聞かせて平静を取り戻そうとした。
それに、とカペラの顔を上目遣いに見る。肩の長さで揃えた暁の色の髪に、若草色の大きな瞳。くるくるとよく動く表情もあってか、まるで太陽のようだと思っていた。自分のような寒々しい色より、カペラのような暖かい色の方がいい。常々そう思っているだけに、カペラに誉められるのは変な気分だった。
「ティッカ、どうかした?」
「な、なんでもない」
不審がるカペラに、ティッカは慌てて頭を振る。カペラは不思議そうに首を捻ったが、再び口を開く前に彼女を呼ぶ声が聞こえた。カペラの両親だ。馬車の準備が整ったのだろう。
カペラの表情が曇った。つい今しがたまでの笑顔が嘘のように無口になる。彼女もまた、同じ寂しさを感じていたのだろうか。
「……呼んでるよ」
なかなか動こうとしないカペラを、静かに促す。ティッカとて名残惜しかったが、いつまでもこうしてはいられないのだ。躊躇うように両親とティッカを交互に見比べていたカペラだったが、やがて意を決したように向き直り――ティッカに、思いきり抱きついた。
「うわっ、ちょっと、カペラ!?」
「絶対、また帰ってくるからね! だからティッカは、それまでに立派な《星紡ぎ》になっててよ! 私の旦那さんになる予定なんだから」
「はっ?」
素っ頓狂な声が出たのは、致し方ないことだった。勿論、唐突なカペラの行動と宣言ゆえである。今年十一になったばかりのティッカだが、流石にその意味が解らないわけがない。打ち上げられた魚のように口をぱくつかせるティッカに、カペラは追い打ちをかける。
「返事は!?」
「えっ? は、はいっ!」
殆ど反射的に出ただけの返事だったが、それでもカペラは満足気に笑って身体を離した。いいのだろうか、と思わないわけではなかったが――ティッカとしても、別に嘘をついているわけではない。
「じゃあ、行くね。御守り大事にするから……またね!」
そう言い残し、思いを振り切るようにカペラは両親の元へ駆けていく。その後ろ姿に、ティッカは慌てて手を振った。
「またね、絶対だよ! きっと立派な《星紡ぎ》になるから……!」
微かに残った温もりを感じながら、ティッカもまた約束の言葉を叫んだ。いつかまた、共に過ごせる日が来ることを信じて。
――カペラが死んだ、と便りが届いたのは、その数日後のことだった。
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