恋月想歌16
「決して血を飲むことをせず、私がいくら呼び掛けても気配すら見せなかったのに一人の人間のために姿を表した……何が違うというのか!」
半ば叫ぶようなディアンの声にに、リムの肩がビクリと跳ねた。そこに宿っていたのは怒りと――なぜか悲痛さが垣間見えたような気がした。
「……姿を見せれば、君は無理矢理にでも血を飲ませる気だっただろう」
「当たり前だ!」
先程にも増してディアンは声を荒げた。
「貴方が最後に血を飲んだのはいつだ? 数少ない同胞が消え行くのを黙って見ていろと言うのか!」
「……仕方ないよ。それがマリアの望みだから」
ディアンとは対照的に静かなレストの言った言葉に、リムは弾かれたように彼を見た。さっぱり理解の出来ない会話の中、唐突に出てきた聞き慣れた名前――“マリア”。別段変わったものでもない、ありふれた女性名ではある。しかしそれはヴァンパイアを葬ったとされ村で祀られている聖女の名であり、それを口にしたレストは紅い瞳の紛れもないヴァンパイアだ。
「それに、私は彼女の名残がある場所を荒らすのは嫌なんだよ――私以外の者にもね」
不意に、レストの語気が強くなった。
「……ここから手を引け、ディアン。必要以上に人の世界を荒らすのは、我らの掟に背く行為だよ」
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