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千夜に降る雨19




 夜が明けた。淡く差し込む光は、山を少しずつ明るく染め上げてゆく。
 いつもと変わらない朝だった。しかし妙な胸騒ぎに、雷は苛ついていた。原因はわかっている。ちよの事だ。毎日山を登ってきていた逞しい彼女のことだ。昨日の帰り道だって大丈夫だろうと解っていた。今までだって気にしたことはない。しかし、別れ際の様子が引っ掛かってしょうがないのだ。母が亡くなったというなら混乱し、落ち込んでいても当たり前だ……しかし、ちよは何か糸が切れてしまったような感じがしたのだ。結局追うことも引き留めることもしなかったが、ずっと気にかかっていた。
 彼女が来るのはいつも昼下がり。ちよは今日も来るだろうか――。
「……ああ、くそ!」
 雷はついに辛抱ならず、背の翼を羽ばたかせ朝の森へと飛び込んだ。


 ――どれほど探し回ったのだろうか。既に太陽の位置は真上に近くなりつつあった。山で見つからないなら、村へ帰ったのだろう。自分の杞憂であったならそれで良いのだ。いい加減に切り上げよう……そう思っていた時だった。
「……!?」
 ガサガサ、という音に振り返ると、そこには一頭の狼がいた。獲物を仕留めた後なのだろうか。口周りが赤黒く汚れている。なんだ、と肩を落とした後、雷は狼の口の端に妙なものを見つけた。
「お前、それは……」
 手を伸ばす森の主に、獣は抵抗なくそれを差し出した。最初は木の葉でも引っ掛かっているのかと思った。しかし、違う。手にとってみればそれが布の切れ端だと判った。浅黄色の――昨日の、ちよの着物の色と同じ。
 呆然とする雷を横目に、狼はグルル、と喉をひとつ鳴らすと去っていった。なぜ、こんなものがあるのか……考えたくも、ない。
「いったい、俺は……!」
 長い、長い時を生きてきた中で初めての感情だった。後悔、とはこういう事をいうのだろうか。なぜあの時、と今更どうにもならないことを嘆き、天狗は慟哭した――。


 空は、いつしか薄暗くなり、厚い雲に覆われ始めていた。まるで彼の心を映したかのように。

 



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