千夜に降る雨9
「あはは!流石にわかるわよ。葉の擦れる音とか、湿った土の感触とかね。見えないけど、とても綺麗。やっぱり天狗様が守ってるからかしら」
「……天狗、な」
ちよは、まさか自分の隣に居るのがその天狗とは思いもよらないだろう。雷も普通の人間であるかのように接しているが、今更打ち明けるのも妙な気がして何となく渋い顔をした。言ったところで信じるのかも分からないが。
「ねぇ、雷はいつからこの山に住んでるの?」
そんな雷の様子には気付かず、ちよは話を続けた。
「さぁな。気付いた時からずっとここが俺の住処だ。どうしてそんなことを訊く?」
「うーん……なんていうか、神さまが住むから近づくな、って言われてる山なのに、人が居るのが不思議で」
今更な疑問である。それなら最初に雷と出会った時点で何も思わなかったのか――ちよにしてみれば、薬草を探すのに必死でそれどころではなかったのかもしれないが。
しかし、雷から返ってきたのは意外な言葉だった。
「……そんなことになっているのか。初耳だ」
「知らない、の……?ずいぶん昔からよ?むやみに立ち入ったら罰が当たるって」
どこか恐る恐る、といった様子でちよは言った。
「知らんな。下の人間達が勝手に言っているだけじゃないのか」
山に天狗――雷が守り神として住んでいるのは事実だ。雷はそこに居るだけで大地に力を与え、葉を潤し、山を育む……山が豊かなのは雷が居てこそなのだ。
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