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千夜に降る雨10


 しかし雷自身は人間の立ち入りを禁止した覚えはない。そもそも人と関わることが殆ど無く、あまり関心がないのである。荒らされるのは困るが、別に狩りをしようが山菜をとろうが、どうでもいいのだ。詳しいことは分からないが、人々の信仰から定められた決まりなのだろう。
「……ところで、それならお前はなぜ毎日ここへ来るんだ?立ち入るなと言われているんだろう」
「……やっぱりそうなるよねぇ」
 もっともな雷の疑問に、ちよは少々気まずそうに笑った。
「最初は母さまを助けたくて必死で……罰が当たっても何でもいいって思ってた。今は雷と話してるのが楽しいから、つい……かな。今のところ罰も当たらないしね」
 そこでちよは一旦言葉を切り、雷に向き直った。
「けど、やっぱり駄目?……迷惑?」
 そう尋ねるちよからは、いつもの勢いが見当たらなかった。
「別に……禁止なんてしてないんだから、勝手に来ればいい。暇つぶしくらいにはなるからな」
 自分で言った言葉に、雷は少し驚いた。確かに禁じてはいないが、まるで来るのを促しているようで……自分で思っている以上に、雷は彼女を気に入っていた。
 ちよはそれを聞くとぱっと顔を明るくし、いつもの調子を取り戻した。
「良かった!駄目って言われたらどうしようかと思ったよ……さて」
 言うのと同時に、束ねた黒髪を揺らし座っていた岩から飛び降りて、ひとつ伸びをした。
「ずいぶん話し込んじゃった。そろそろ日も暮れる頃だし、今日はもう帰るね」
 そう言われて見上げると、徐々に西の空が橙色を帯び始めていた。見事な時間感覚だ。
「ああ、早く帰らないと夜行性の獣の餌食だな。」
「もう、どうしてそういうことを言うのよ!」
 頬を膨らませるちよは、やはりそれほど怒っているようには見えない。二人のやり取りもすっかり山の景色に馴染んでしまった。
「……また明日ね」
「ああ」
 手を振り駆けていく少女を、雷は木々に埋もれて見えなくなるまで見送った。言わなくてもどうせ毎日来るんだろう、と確信しながら――。

 



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