千夜に降る雨6
その日、天青草を両手に抱えられるだけ抱えたちよは、深々と頭を下げ帰っていった……もう日が暮れるから、と半ば無理矢理麓近くまで送らせた分も含めて。天青草があれば彼女の母親の病気は治るらしいので、もうくることもないだろう。
翌日からは、いつも通りの静寂が戻ってきた。鬱蒼とした緑が地を覆うなかで、ちよと出会った燦々と光の注ぐ場所を雷は気に入っていた。生まれ育った場所とはいえ、木陰ばかりではなく太陽の光も適度に浴びたいものである。大岩に腰掛けて日を浴びるのは雷の日課だった。心地よい静けさに身を任せ、目を閉じる……。
「あ、いたいた。雷ー!」
木々の合間をぬって聞こえた声に、思わず雷は自分の耳を疑った。まさか、と振り返ってみれば、笑顔でこちらに手を振る少女――まごうことなき、ちよの姿があった。
「良かった、ここに居なかったらどうしようかと思ってたの」
「何の用だ……また天青草か?」
それ以外に思い当たることもなく、雷はそう尋ねた。昨日結構な量を持ち帰ったと思ったが、足りなかったのだろうか。
「ううん、それはもういいの」
「なら、何なんだ」
ここまで奥深い場所に来るには、相当な体力と気力が要る。めったと人が立ち入らない山ゆえに、人が通るような道が整備されていないのだ。まさに山そのものが自分の庭であり、人間ではない雷には関係の無いことだが、二十年も生きていないだろう少女、ましてや盲目。命がけと言っても過言ではないだろう。そこまでしてやってくるなら、それなりの理由があるのだろう……そう思った雷であったが。
「あなたと、友達になりにきたの!」
「……は?」
あまりにも心外なちよの発言に、雷は思わず間抜けな声をあげた。
「だって雷、こんな山奥に一人で住んでるんでしょ?たまには喋らないと人間の言葉忘れちゃうわ。だから、私が友達になってあげる!」
「……わざわざこんな山奥まで来て、か?」
「大丈夫よ。道覚えたし!そうそう、さっきね……。」
絶句する雷に気付いているのかいないのか、ちよはニコニコと話し始めた。森の静寂に慣れている雷には、まるで豪雨である。
「やれやれ……昨日だけ、のつもりだったんだがな」
かくして雷の『暇つぶし』の期間は、少女によって強制的に延長されたのである。
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