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5


「……大丈夫なのかよ」
 たっぷりと間を置いてようやく出てきたのは、皮肉めいた台詞だった。ルカは不満をあらわにして、捲し立てるように反論する――かと思いきや、意外にも彼女は神妙に語った。
「さぁ? 駄目かもしれないわ。さっきも言ったけど私は王族としての教育なんて殆どされてないし、人望があるわけでもない。民衆が不満を爆発させて、革命運動起こしちゃうかもしれない」
「おい……」
 そこは虚勢を張るところなのではないか、と自分で差し向けたておいて身勝手なことを考える。しかし珍しく弱気なのかと思えば、そうでもないらしい。語気を強め、ルカは更に続けた。
「不服に思ってる臣下も多いし、私は馬鹿なのかもしれない。でも父が見ようとしなかったものを見てきたし、根性だけはあるつもり。頭の腐った連中を玉座に据えるくらいなら、私が奪った方がましだと思ったのよ。きっと良い国に変えてみせるから……見ていて欲しいの。でもね、それでも、どうしても駄目だったら」
 一度言葉を区切ると、ルカは己の首筋に手を這わせた。
「この首は貴方にあげるわ。その時に私を裁くなら、貴方がいい。……そう、思ったから」
 何を馬鹿なことを――そう言いかけて、ゼキアは口を噤んだ。鮮烈なまでの光を放つ瑠璃の瞳が、胸の奥底を射抜く。
 いつもそうだ。彼女が意志を貫き通す時、いつも必ず真っ直ぐにゼキアを見つめていた。その視線に貫かれる時、自分でも分からないような小さな痛みを伴うようで居心地が悪かった。だが今、彼女の瞳に不快感は覚えない。代わりに、ルカに抱いていた複雑な感情が解きほぐされていくようだった。
 苦手だったのではない。自分が逃げてしまった道を選ぶ強さを持った眼差しに嫉妬して、強く焦がれて――たまらず惹かれていたんだ、と。そう、自覚した。
「ご指名かよ」
「ええ、そうよ。宜しくね」
 どこか諦めにも似た気分で吐き出したぼやきに、ルカは悠然とした笑みで応える。向かう先は困難ばかりだというのに、余裕さえ感じられる表情だった。話すことも全て話して、憑き物が落ちたようだ。何もかもを抱き込んで、彼女はこれからも進むのだろう。
 それならば、と思い立って、ゼキアはルカに向き直った。
「ちょっと、手貸せ」
「手?」
 首を傾げながらも、ルカは素直に手を差し出した。それを掬い取って頭を垂れると、軽いくちづけを落とした。細い手が、ぴくりと震える。
「――分かった。その言葉が嘘にならないうちは、俺も力を尽くそう。精々しっかりやれよ」
 手を取ったまま、静かに告げる。忠誠の誓い、だったか。昔騎士団で見たものの真似事だ。
 その間、ルカは微動だにしなかった。ゼキアを見据えていた瞳は大きく見開かれ、唇はわななく。彼女の反応に、ゼキアは少しだけ愉快な気分になった。
「じゃあな。気を付けて帰れよ」
 硬直している肩を叩き、ルカに背を向ける。返事は無かったが、辛うじて頷いたのが見えたので大丈夫だろう。柄にもないことをした自覚はあったが、散々やり込められた意趣返しとしてはまぁまぁだろう。
「……さて、と」
 店に入り、後ろ手に扉を閉める。中へ歩を進めると、テーブルに放置された白い封筒が目に入った。これはルアスではなくゼキアに宛てられたものだ。手に取り、差出人の署名をなぞる。
「俺一人、立ち止まってるわけには行かないな」
 一人ごち、ゼキアは己の未来を思った。光も闇も内包するこの都で自分はどう生きて、何を残すのかを。



 ――後日、騎士団の門戸を叩いた一人の青年がいた。当時の団長の計らいにより異例の入団となった彼は、身分も何も持たぬ身で着実に実績を築き上げていく。痛烈な批判も跳ね除け進んでいく姿は、報われなかった民衆達の強い希望となった。やがては団長の片腕となり、王を支え、永きに渡って国の柱であり続けたという。


日影の都・終


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