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「何やってんだ、あいつは!」
 思わず毒を吐かないではいられなかった。彼女はこの国の王女であるはず。それが騎士に追われているとは、一体どういう事態なのか。しかも緊迫した追いかけっこをしているその連中は、丁度ゼキアが隠れている方へと向きを変えていた。
 ルカは全力で逃げているように見えるが、相手も本気である。帯剣しているということは、それを積極的振るうこともあるかもしれない。あまり細かいことを考えている時間は無さそうである。今のところ、追っ手は年若い男が二人。増援が来る前に片を付けなければ。
 慎重に場所を移動し、相手の死角となるよう壁に身を寄せた。荒々しい足音が徐々に近付いてくる。先頭を走る女性の姿が現れた瞬間、ゼキアはその腕を掴んだ。勢いを殺せずつんのめるようにして体勢を崩した彼女を、己の背後に放り投げる。なにやら悲鳴が聞こえた気もするが、知ったことではない。
「なんだ、貴様!」
 追いついた男の一人が誰何すると共に剣を抜く。しかし、ゼキアの方が幾分か行動が早かった。鞘ごと己の剣を振るい、相手の手首を打つ。衝撃で男が武器を取り落とした隙を見て、その首筋に思い切り打撃を叩き込んだ。一人目が昏倒させると、ゼキアは即座に次の敵へと向き直る。続く男もゼキアを見て剣の柄に手をかけたが、その刃が閃く前に男の袖に小さな火が点った。魔法の炎は瞬く間に燃え上がり、薄緑の詰め襟を焦がしていく。追跡どころではなくなった男はみっともなく取り乱し、ゼキアの拳によって呆気なく沈められることとなった。
「……何ぼーっとしてんだ、さっさとしないと次が来るぞ。あとこの状況がなんなのか説明しろ、この馬鹿」
 男の服を燃やしていた炎を適当に消火すると、ゼキアは背後に放り出したルカを振り返った。呆然と座り込んだままの彼女に渋々ながら手を差し出すと、はっとしたようにルカは立ち上がった。
「……来てくれたのね」
「こっちが頼んだ事のせいで何かあったんじゃ、寝覚めが悪いからな」
 溜め息混じりに言いながらも、ゼキアはルカを促し走り出した。相変わらず辺りは人影もなく、奇妙な程の静けさである。状況を考えると、騎士団あたりから外出するなとでも通告があったのかもしれない。それでも追っ手以外は人目が無かったとも言い切れず、早々に逃げるのが吉と思われた。公人相手にあんな真似をしたのだから、ゼキアも犯罪者に仕立て上げられるのは間違いない。こちらの事情など汲んではくれないだろうし、捕まればどうなることか――荒っぽい事になるかもしれないとは思ってはいたものの、その通りになって嬉しい筈もなかった。
 決して後悔はしているわけではないが、と横目でルカを見遣る。彼女の身体は砂埃や泥に汚れ、擦り傷だらけだった。衣服が裂けてしまっている箇所もある。先程ゼキアが転ばせたから、というだけのものではないだろう。かといって追っ手に付けられた傷にも見えないが、本当に何をやらかしたのか甚だ疑問である。
「ゼキア、あっち」
 走りながらルカが指差したのは、通りから一段低い場所にある細い水路だった。ささやかな水の流れは貴族街の上流の水路から分かれたもので、地面の下を通って市街地に続いている。狭い洞窟のようなその道は暗く、中の分岐も複雑だ。入り込めば簡単には追って来れないだろう。一時的に身を隠すには最適である。
 素早くそう判断すると、ゼキアはルカと連れ立って段差を飛び降り、躊躇なく水路に足を突っ込んだ。それほど深くはない。精々、膝丈程度だろうか。水を蹴り飛ばすようにして暗い穴へと駆け込む。暫し周囲の様子を観察し他の気配が無いことを確かめると、ようやく二人は息を吐いた。


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