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16


 俯いたまま、涙を拭うこともなくルカは嘆き続けた。本当に、自分は何一つ持ってなどいなかった。こんな所に押し込められてみっともなく泣いているだけの自分に、何が救えるというのだろう。ゼキアにもあれだけ啖呵を切ったというのに、この様だ。
 そうやってしばらく床ばかりを見つめていたなかで、ふとルカは何かが床に転がっていることに気が付いた。菱形に複雑な模様ほ彫られた、手のひらに収まるほどの木片。あの日、ゼキアが渡してくれたお守りだった。突き飛ばされた衝撃で紐がとれてしまったのだろう。
 ぼんやりとそれを眺めながら、ルカはゼキアとの会話を思い出していた。助けてくれるのかと尋ねたルカに、気が向いたら、と彼は返した。曖昧な言葉だったが、少しだけゼキアが心を開いてくれたようで嬉しかった。彼とは、学院の前で別れたきりだ。まだルカの連絡を待っているだろうか。ルアスのことを心配して、酷く憔悴していた。そのために、一時とはいえルカに信頼を預けてくれたというのに――何をしているのだろう、自分は。
 投げ出されていたお守りを拾い上げ、握り締める。そこには、微かな熱が宿っているような気がした。ぶっきらぼうなゼキアの優しさや、屈託のないルアスの笑顔。貧民街で確かに築いてきた絆が、呼び掛けてくるようだった。
 決然として、ルカは顔を上げた。そうだ、何をしているのだ。座り込んでいる場合などではない。元より、身分など関係なく友人を助けるためにルカは行動していたのである。そんな簡単なことまで忘れて全てを諦めるなんて、一番愚かなことだ。
 ルカは徐に立ち上がり、隅に置かれていた椅子に手をかけた。少し持ち上げて感触を確かめてみる。小振りだが、重さは充分だろう。これならいけそうだ。そう確信を持つと、ルカは大股で窓に歩み寄って椅子を振り上げ、力の限りに叩きつけた。派手な音を立てて、硝子が砕け散る。飛び散った破片が幾つか肌を掠めたが、構わずにそのまま椅子を使って窓枠を均していく。
「……持ち主の危険を察知して発動する、のよね。“影”じゃなくても反応してくれればいいんだけど」
 以前聞いたお守りの説明を口にしながら、ルカは無残に破壊された窓枠に足をかけた。次いで、自分の持ち物を確認する。剣が無いのは先程確認した通り、あとはゼキアのお守りと――もう一つは残っているだろうか。
 上着の襟元の内側を手でまさぐり、小さな固い感触を確かめる。あった。扉を開くための、古い指輪。一度落としてしまって以来、しまう場所はここと決めていた。紐を縫い付けて固く結び、多少運動してもずれないようにしてあるのだ。てっきりこれも取り上げられたものと思ったが、ここにあるということは気付かなかったのか、取るに足らないことと思われたのか。いずれにせよ、甘く見られたものである。
「間抜けな国王陛下。どうせ閉じ込めるなら、あの子みたいに地下深くに捕らえればよかったのに」
 そうすれば、自分がこんな手段に出ることもなかっただろうに。そんなことを考えながら、ルカは視線を外へと向けた。いつの間にか、日が傾きかけている。夕陽に染まる王都が、ここからは一望できた。意外と良い景色を見られる穴場なのかもしれない。もちろん、今はそんな時間は無いのだが。
 部屋の扉を隔てて、遠くに衛兵の声が聞こえ始めた。今更ながら大きな音を不審に思って様子を見に来たのだろう。だが、彼等を待ってやる気など更々ない。
「これで大人しくすると思ったんなら大間違いよ。私にも、守りたいものぐらいあるんだから」
 街を眺めながら、ルカは口の端を吊り上げる。窓枠の足にしっかりと力を込め――そして、塔から外へと身を踊らせた。


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