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5


 その単語がどうにも引っかかり、ルカは首を捻った。どこかで、同じ言葉を耳にしたような気がする。暫し記憶の中を探って、先程の王と謎の男の会話であることを思い出した。確か、研究室がどうだのと言っていなかっただろうか。マーシェル学院の施設は、全て王国の管理下にある。王に許可を求めたのなら、その研究室が学院のものである可能性は充分ある。だとすれば疑問の一つは解消されるかもしれない。だが、国有の研究施設は他にもある。これだけで断定するべきではないだろう。
 その場でいくらか悩んだ結果、ルカは一度城に戻ることに決めた。放棄するわけではない。先に知識と情報を頭に詰め込むべきだ、と判断したのである。いかんせん、今の自分にはどちらも足りなさすぎる。城の書庫なら国内の研究施設についての資料もあるだろうし、他にも調べられることがあるかもしれない。外に出てきたのは無駄足になってしまったが、次に行動する見当が付けられただけでも意味はあっただろう。
 ――どうせここまで出てきたのなら彼等に会いに行きたい気持ちもあったが、それはまた後日、である。どちらにしても、未だ躊躇してしまう部分も大きかったのだ。しかし来た道を戻ろうと振り返った次の瞬間、ルカは息を呑んだ。視界の端に、今し方までは無かった筈の人影が映り込む。ここから少し先の正門の方だ。無意識にそれを目で追い、それが見知った人物である事を確信する。
「ゼキア?」
 見慣れた青年の姿が、そこにはあった。学院の敷地内から出てきたと見える彼は、背後を振り返ると忌々しげに顔を歪める。ここからでも舌打ちの音が聞こえるような気がした。なぜ、こんな場所にゼキアがいるのだろう。彼の経歴を考えれば貴族街、ましてやマーシェル学院など好んで近付くとは思えない。そんな疑問が頭の中を駆け巡るその間に、ふと視線が交わった気がした。
「……あっ、ちょっと、待って!」
 ルカの存在に気が付いたゼキアは、案の定背を向けて歩き出した。反射的に、ルカはそれを追う。深く考えての行動ではない。いま拒絶されたまま顔を背けたら、余計に会いに行けなくなる気がしたのだ。その衝動が躊躇う心を大きく退け、ルカに足を踏み出させた。憎しみを向けられるのが仕方ないとしても、自分は彼らを好ましく思うし、出来ることなら守りたい。それを伝えておきたかった。
 迷っている暇などなかった。二の足を踏んでいればあっという間にゼキアはいなくなってしまうだろう。幸いにしてルカの俊敏さなら大して距離は開かず、どうにか追いついて彼の腕を掴むことに成功した。こういう時ばかりは、姫らしくない自分の運動神経に感謝する。
「……何の用だ」
 しかし、返ってきた声は酷く冷たいものだった。背を向けたままルカを見ようともしない。予想していたこととはいえ、胸の奥の方がすぎりと痛む。それでも話さなければ、とルカは声を絞り出した。
「謝らなきゃ、いけないと思ったの。その、私の身分とか……黙っててごめんなさい」
 いざ喋り始めると、上手く言葉が出てこなかった。色々と考えていた事は沢山あったはずなのに、面白いくらい纏まらない。辿々しい言葉で、それでも口にして伝えなければいけないと思った。
 ――だからせめて、その間だけでもこの手は振り払わないでいて欲しい。
「でもね、私あなた達といる時間が心地よかったし、貧民街の人達も優しくて大好きよ。無力かもしれないけど、出来ることをしたいと言ったのは本当。それだけは、言っておきたくて」


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