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「あ……」
 蟠りを抱えながらも足が向かっていた場所に気付き、ルカは小さく声を上げる。行き着いたのは数ある客室の中でも比較的地味で小さく、あまり使われない部屋の前だった。ほんの少し前までは、毎日のように訪れていた場所である。この部屋に飾られたタペストリーの裏から、城外へ繋がる隠し通路が続いていた。ルカが城を抜け出すのにいつも使う道だ。ぼんやり歩くうちに、無意識に通い慣れた道を選んでいたらしい。そのまま扉に手をかけようとして、ルカははたと動きを止めた。
 ――行って、どうするというのだ。
 彼と会えば、きっとまた拒絶されるだろう。わざわざ同じ思いを味わうことはないはずだ。少しずつ縮まっていた筈の距離は、最初よりさらに遠くなってしまった。これ以上関わろうとしない方が、お互いの為なのかもしれない。
 そこまで考えてからあることに気付き、ルカは溜め息を吐いた。いつの間にか、城下へ行くことがゼキア達の元へ行くことと同義になってしまっている。今更になってそれを自覚した。別に、彼等の元を訪れなければいけない理由は無いのだ。実際、知り合うまでは貧民街に足を運ぶことなどなかった。なのに、いつしかそれが当然だと感じるようになっていた。
「……うん、やっぱり少し外に出よう」
 幾ばくかの逡巡の後、ルカはそう決意した。市場の賑やかさにでも触れれば、いくらか気が紛れるだろう。城下を出歩くうちに出来た顔見知り達と世間話でもすればいい。少なくとも、城の中に籠もっているよりはましなはずだ。淀んだ思考を振り切るように、ルカは目の前の扉を開こうとした。
「――では、もうすぐなのだな」
 まさにその瞬間、扉越しにくぐもった声が聞こえ、ルカは手を止めた。中に、人が居る。今まで通っていた時は殆ど使われていなかったというのに、随分と間が悪いこともあったものである。しかし、ルカが驚いたのはその声の主だった。聞き慣れたものではないが、決してルカが忘れることはないだろう低音。まさか、と疑いながらも、音を立てぬように扉に隙間を作り室内を窺う。
「ええ。駒も揃いましたし、王の永遠も近いでしょう」
 次は、別の人物の声が響いた。視界に捉えた様子に、ルカは息を呑む。
 客室の中にいたのは、二人の男性だった。一方は、まるで見覚えのない黒髪の男である。顔までは見ることが出来なかったが、身なりからして恐らく貴族でもなければ城の使用人でもないだろう。いかにも不健康そうな痩身に、くたびれた茶色いコート。せいぜい、庶民出身の学者程度にしか見えなかった。
 そしてもう一方は、対照的に豪奢な衣装を身に纏っていた。鮮やかな深緑に金の刺繍の入った上衣、青い髪を短く刈った壮年の男。その骨ばった指には、王家の紋章が彫られた指輪が填められているはずだ。近くでその姿を見たことなど、数えるほどしかない。それでも見間違えるはずがなかった。レミアス・ギスト・エイリム。エイリム王国の王であり――ルカの、父だった。
「ところで陛下、少々困ったことがありまして。羊を隔離する必要が出てきました。地下施設の使用許可を頂けますか。直接、手元に置いておいた方が良さそうなもので」
「いいだろう、好きに使え。西側の研究室だったな」
 男の要望を、レミアスは上機嫌に快諾した。躊躇は全く無かったように思う。あの男は、いったい何者なのだろうか。個人的に王と面会するような地位のある人間には見えないというのに、レミアスは従者の一人も連れていない。そして、永遠、羊などといった意味の分からない単語の飛び交う密談――父は、何をしているのだろう。
 疑念で思考が埋め尽くされ思わず身を乗り出しそうになった時、不意に男がこちらを見た。その瞳が、ルカを捕捉する。その途端、全身に悪寒が走った。闇の淵に突き落とされるようなおぞましさが、身体を支配する。抗い難い恐怖に突き動かされ、ルカは弾かれるように扉から離れた。衝動のままに廊下を走り抜け、階段を駆け下り、また別の客室の中へと滑り込み、ようやく息を吐いた。見つかった。しかし、追ってくるような気配は感じられなかった。だが、すぐに外に出てみる気にはとてもなれない。
「なんだったの、今の」


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