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 今日も、エイリムの王城は煌びやかで美しかった。壁には一分の隙もないほど完璧な彫刻と絵画、頭上には金と硝子で彩られた装飾照明。城の中は、どこへ行っても贅の限りを尽くした仕様で人の目を楽しませる。だがとっくの昔にそれらを見慣れてしまった自分にとっては、何の慰めにもならないことだった。
 広大な王城の中で、ルカは暇を持て余していた。本来、王女に与えられるであろう公務などルカには殆ど無い。城下に出なければ、こうなるのは当然の話である。思い付くだけの時間潰しは、全て実行に移し終えていた。庭園を散歩したり、図書室で本を読んでみたり、剣の鍛錬をしたり。だが今更一人で庭園を歩いても何も面白いことは無かったし、読書もすぐに飽きてしまった。剣の稽古も、相手がいなければ張り合いがない。元より、城にルカが安らげる場所など無いのだ。ただ、窮屈なだけ。使用人や貴族の人目にさらされる機会が増える分、ここ数日は気まずい思いをすることも多かった。心地よく過ごそうというのが、そもそもの間違いだったのかもしれない。
 あの日以来、城下町へは足を運んでいなかった。謹慎を言い渡された、というのも多少はある。しかしそんなものは仮初めに過ぎない。監視の目があるわけでもなく、その気になれば城を抜け出すことなど容易いだろう。恐らく、王も無関心なままだ。それでもルカに外に出ることを躊躇させるのは、やはりゼキアのことだった。
「……今日は、どうしようかしら」
 溜め息を吐きながら、当て所なく廊下を歩く。床は白と黒の石で美しい模様が描かれ、あちらこちらに飾られた金銀の細工物は王の威光を示すように輝いていた。
 目が、痛い。生まれ育った場所であっても、ルカは城に馴染めず、また城もルカを受け入れていないような気がしていた。視界が点滅するような感覚を振り払おうと、俯き歩調を早める。せわしなく働く使用人とすれ違っては怪訝な顔をされるが、それも次第に慣れてきた。というよりは、あんな話を聴いた後で感覚が鈍っているのかもしれない。それほど彼らの過去は、ルカの心に重くのしかかっていた。
 ――彼には、本当に申し訳が立ちません。
 そう悲しげに呟いたオルゼスの姿を思い返す。彼もまた、苦しみ続けてきたことだろう。意に染まぬ悪事に加担させられ、信頼を裏切ってしまった。家族は人質に取られているようなものだったという。命令に背けば、妻や一族の者がどのような仕打ちを受けるか分からない。謀反を起こされないための保険、とでも言うべきか。誰よりも誠実で民を思いやる騎士は、腐った上層部には目障り以外の何物でもなかったのである。
 だが、ゼキアが故郷を奪われてしまったのは事実だ。どれほどオルゼスが罪悪感に苛まれていたとしても、それは変わらない。状況を考えれば、ゼキアの反発も理解できる気がした。裏切り者とも呼べるオルゼスと、全ての元凶たる王家に連なるルカも。故郷の敵のようなものだ。切りかかられなかっただけ幸いなのかもしれない。
 そして、そんな暴挙を許している国王が、自分の父に他ならないということが何よりルカを苦しめた。黙認している――否、今では寧ろ煽動してすらいるように思える。ずっと支え続けてくれていたオルゼスも、不器用ながら受け入れようとしてくれたゼキアも、ルカが大事だと思った人々を傷付けてきたのは父だったのだ。
 己の不勉強を、これほど恥じたことはない。周囲の臣下や貴族達は、皆父のことを賞賛した。一代にして領土を大きく広げ、王国に富をもたらした気高き覇王だと。ルカは、その評判を鵜呑みにした。父は素晴らしい人なのだと信じ込んだ。そんな王の子であることが密かなルカの誇りであり、いつかは自分のことも顧みてくれるはずだと夢を見た。何も、自分の目では見てこなかったというのに。
 実際はどうだ。弱者を踏みにじり、あらゆるものを搾取し、自分は玉座の持つ権力にあぐらをかいている。そんな暴君でしかない。なぜ今更になって気付いたのだろう――そう考えて、ルカは自嘲した。違う。目を逸らしていたのだ。何も与えられないままに、重荷だけを背負わされたくなかったのだ。そうやって逃げ続けた結果がこの瞬間の後悔に繋がっているのだと思うと、過去の自分を呪わずにはいられなかった。


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