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13


 扉を開いて、威勢よく声を張り上げる。しかし、迎える声はなかった。それどころかやたらと静かで、物音さえしない。顔を見た瞬間に叱咤されることを覚悟していたというのに、肝心のゼキア達の姿が無かった。どこかへ出掛けたのだろうか。それにしても、二人仲良く一緒に、とは考えにくい。
「ゼキア! ルカ! ……いないの?」
 台所にいるのかと覗いてみても、やはりゼキアもルカも見当たらない。代わりに見つけたのは水の汲まれた鍋と、下拵えの途中と思しき野菜。作られるはずだった昼食が、中途半端なままそこに残されていた。背筋を、嫌な汗が伝う。この不自然な状況はなんなのだ。考えたくはないが、またいつかのように二人が危険なことに巻き込まれているのかもしれない。
 いてもたっても居られず、ルアスは身を翻した。息を切らし、二階への階段を駆け上がる。家の中にいるなら、あとはここしかない。そうでなければ、当たって欲しくない予感が当たっていることになる。最後の一段を上がりきり、祈るような気持ちで部屋を見回して――そして、ルアスは大きく息を吐いた。床に座り込むゼキアの姿を見つけたからだ。
「ゼキア、居るなら返事してよ……何かあったのかと思ったじゃない」
「……ああ、ルアス。帰ってたのか」
 だが安心したのも束の間、ルアスはすぐに異常に気がついた。ゼキアの声に、あまりにも覇気がない。うずくまったまま言葉を返し、此方を見ようともしないのだ。明らかに、いつもの彼ではない。薄暗い部屋の中ではその表情は伺い知れなかったが、やはり何かあったのだろうか。それに、一緒にいたはずのルカはどうしたのだろう。
「……どうか、したの? ルカは?」
 そう口にした瞬間、ゼキアの身体がピクリと震えた。ややあって、ゼキアは緩慢な動きで視線を上げる。その表情に、ルアスは一瞬怯んだ。真紅の瞳はどこか遠くを見詰め、口元には歪な嘲笑が浮かぶ。
「……あいつなら帰ったよ。大層なお迎え付きでな。もう、ここにも来ねぇだろ」
「帰ったって、どうして? また喧嘩でもしたの?」
 問い詰めながらも、そうではない、とルアスは感じていた。確かにゼキアの様子は、以前二人で怪我をして帰ってきた時と少し似ている。あの時も今も、盲目的に何かを拒絶しているように見えるのだ。しかし前と違うのは、ルカとの関係だ。ルカは引き際を見極め、ゼキアも文句を言いながらも会話を拒むことは少なくなっていた。まだ不安定でぎこちないなくはあったが、改善されてきてはいたはずなのだ。だからこそ、ルアスも二人きりにするという荒療治を選択したのである。なのに、それが一瞬で破綻してしまった。一体なぜ――そんなルアスの疑問に答えるように、ゼキアは皮肉ったように喉を鳴らした。
「驚けよ、なんと王国の姫様だったんだとさ。騎士団長が自ら迎えに来たんだ。……喧嘩どころの話じゃない。王族だと? 全ての悪夢の元凶じゃねぇか!」
 沈んでいた声は徐々に荒々しくなり、最後は悲痛な叫びとなった。同時にゼキアは凭れていた壁に拳を叩きつける。元々古くなって耐久性の低い壁は、音を立てて陥没した。
 彼が、こんなに荒れていたことがあっただろうか。長くはない付き合いだが、それでも尋常でない憤りが肌に伝わってくる。恐怖すら覚え反射的に一歩後ずさる。だがそんなルアスの様子が功を奏したのか、ゼキアははっとしたように拳を下ろした。悪い、と小さく呟いたのが聞こえ、ルアスも息を吐く。
 ――そこで、初めて彼の瞳が充血していることに気がついた。
「あの、ゼキア」
 戸惑いながらも声を掛けると、彼は困ったように肩を竦めた。ルアスの視線に気が付いたのだろう。頬に濡れた跡こそ無いが、恐らくルアスの予想は外れていないのだ。
「……やれやれ。随分みっともないところ見せちまったな」
 言いながら、ゼキアはおもむろに立ち上がった。すれ違い様にルアスの肩を軽く叩くと、彼は階下へと向かう。
「飯、まだだろ。今準備する。……それ食うついでに、少し昔話に付き合えよ」
「う、うん」
 慌てて、ルアスもその後に続く。未だに事態を上手く呑み込めていなかったが、ひとまずは落ち着いたらしいゼキアに安堵する。そういえば、彼の過去の話など殆ど聞いたことがない。聞けば、今の彼の不透明な心も見えてくるのだろうか。
 努めていつも通り振る舞おうとするゼキアは、やはりどこか影を背負っているように見えた。


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