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5


「ねぇねぇ、何か手伝おうか?」
 当然のように台所まで付いてきたかと思えば、そんな申し出を受けた。妙に目が輝いて見えるのはなぜだろうか。
「いらねぇよ。向こうでおとなしくしてろ」
「一人で待ってても退屈だもの。ね、何作るの?」
 素っ気なくあしらおうとしても、彼女には全く通用しなかった。既に食材を前に興味津々である。何を作るかなどと言っても、貧民街の家庭で食卓に上る料理などたかが知れている。日によって多少中身の変わる薄いスープと、固くなったパンが少し。大体がそんなものだ。勿論、ゼキアの家も御多分に漏れず似たようなものだった。裕福な家の令嬢だろうルカの口に合うとはとても思えない。何がそんなに楽しみなのか疑問を覚えずにはいられなかったが、いい加減に彼女の視線に堪えかねゼキアは小振りのナイフを取り出した。
「皮剥き」
 そう一言だけ告げて芋とナイフを押し付けると、ルカは了解、と満足そうに笑みを浮かべた。再び溜め息を吐きそうになるのをなんとか堪え、ゼキアは芋を洗う自分の手元に視線を戻す。どうにも丸め込まれている気がして面白くない。向こうがルアスを味方につけているお陰で、毎回こんな調子だ。そして何より悲しいのは、そんな状況にも慣れつつある自分自身だった。
 ――解ってはいるのだ。自分が意固地になっているだけなのだということは。
 ルカの言動に苛立つのは、彼女が自分達の生活や感情を理解しないままに振る舞ったからだ。その行動が偽善的で独り善がりで、腹が立った。ただ今の彼女もそうなのかといえば、少し違う気がするのだ。少なくとも、ゼキアが指摘したことを悔い改めようとはしているようだった。曰く、相互理解のために。なんの使命感に駆られているのかは知らないが、ルカは真剣そのものだった。それこそ最初はふざけているのかと思ったものの、これだけ張り付かれていれば本気らしいことは伝わってくる。その瞳は、あまりにも真っ直ぐにゼキアを見詰めているのだから。
 しかしそれが解ったところで、簡単に感情の整理がつくものでもなかった。富裕層に虐げられてきた記憶や、それを良しとする市民達への怨恨は根深い。特に頂点たる国王とそれに連なる者への感情は、憎悪と言っていい。怒りや憎しみ、そしてほんの少しの友愛。色々な感情が絡み合って上手く解けず、自分でも彼女への感情をどう表現していいものか戸惑っている。それゆえに、ルカの視線から逃れたくなるのかもしれなかった。自分は、彼女のように真正面から向き合うことは出来ない。
「……ん?」
 物思いに耽りながらも野菜の下拵えを進めていたゼキアだったが、ふと違和感を覚え動きを止めた。皮剥き頼んだこの芋、最初に見た時より小さくはないだろうか。いや、確実に小さい。拳大の円形だったはずの芋はおよそ半分程の大きさになり、形もやたら角張っていた。嫌な予感がする。恐る恐る、ゼキアは隣で作業するルカの手元を見た。すると、案の定である。
「ちょっと待て。俺は皮を剥けと言ったんだが」
「む、剥いてるわよ?」
 図らずも剣呑な響きの宿った問いに、ルカは僅かに動揺の色を見せた。だが返ってきた台詞からして、何を言われているか今ひとつ彼女は理解していないらしい。頭の上に疑問符を浮かべるばかりのルカに向けて、ゼキアは切り落とされた芋の皮を突き付けた。
「これじゃ実ごと切り取ってんじゃねぇか! 道理で小さくなってるはずだよ!」
「で、でも皮は取れてるんだからいいじゃない!」
「よくねぇよ! 食い物を粗末にするなこの罰当たり!」


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