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20


「あ……」
 さしものルアスも、何が起こったのか理解した。恐怖に喉が引き攣る。なぜ、“影”がここに。
「下がってろ!」
 疑問を口にするより先に、叫び声が響いた。ルアスの視界を煌々と燃える赤が覆う。言うまでもなく、ゼキアの炎だ。魔力によって産み出された焔は波のように“影”を呑み込み、周囲の物ごと爆風で吹き飛ばす。
「ぼーっとするな、外に出るぞ! 家の中じゃロクに剣も使えねぇ!」
 なんの躊躇もなく破壊された家に、唖然としている暇もなかった。呆気にとられたルアスの腕をゼキアが掴んだかと思うと、殆ど引き摺られるように屋外へと転がり出た。そのままひたすらに道を走る。未だ混乱する思考でむしゃらに駆け抜け、すっかり息も上がった頃。不意に腕を引いていた力が消えた。
「うわぁ!」
 突如として牽引力から解放された身体は、勢いを殺しきれずに地面へと放り出された。受け身を取るだけの余裕もなく、あちこちを打ち付けられる。
「大丈夫!?」
「いたた……うん、なんとか」
 真っ先に駆け寄ってきたのは、後方に着いてきていたルカである。彼女の助けを借りながらどうにか身を起こすと、“影”に対峙するゼキアの背中が目に映った。そしてその先に見えたのは、狼によく似た黒い獣である。大柄な体躯に対してやや小さい頭が、妙に片寄った位置に付いていた。本来首がある場所ではなく、誤って肩の部分にずれてしまったかのようだ。反対側の肩も毛並みが不自然で、元々あった何かを切り落としたような違和感があった――そこで、ふと気付く。あの獣に、見覚えはなかったか。
「あいつ、この前の!」
 同じく獣を見たルカが、身を固くしたのが分かった。その発言を聞いて確信する。あれは、以前彼女を襲った双頭の狼だ。体つきが不均衡なのは、ゼキアに潰された方の頭が無いせいである。
「やっぱり。でも、家の中にまで入ってくるなんて……またルカを狙ってきたの?」
 夜の貧民街を“影”が闊歩しているのは今更確認するまでもない事実だが、人のいる屋内――“影”達の嫌う灯りのある場所まで侵入してくるなど、聞いたことがない。仕留め損ねたルカに執着しているのだろうか。そうだとしても、奇異な行動であることは間違いない。
「いったい、なんだっていう――」
 零しかけた言葉を、ルアスは中途半端なまま呑み込んだ。唐突にぞくり、と背筋に悪寒が走ったのだ。頭から冷水を被ったかのように、身体が震えだす。全身に突き刺さる、身の毛がよだつような感覚。それは例えるならば――まるで、殺気のようだった。恐る恐る“影”に視線を戻せば、その瞳は明確な意思を持ってルアスを射貫いていた。どうやら、狙いはルカではない。
「……もしかして、狙われてるの、僕?」
 それを自覚したのと獣が動き出したのとは、殆ど同時のことだった。獣は勢いよく四肢で地面を蹴り、立ちはだかるゼキアを避け突進する。
「させるか!」
 すんでの所でゼキアが剣を振るい、それを牽制する。切っ先が獣の胴体を傷付けるが、掠めただけで致命傷にはなり得ないものだった。ゼキアの顔が歪む。魔法には期待できない。効果が薄いのは、以前の戦闘で実証済みだ。
「ゼキア! 待ってて、今――」
 しかし、幸いにも物理的なものを生み出すなら魔法も効き目がないわけではない。植物の蔓で脚を絡めとったことを思い出し、ルアスは援護のため魔力を紡ごうとした。
 しかしそれは、失敗に終わる。



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