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16

 敢えてシルを庇うように身を晒し、ヴァルトは宣言した。怯んで微かに後ずさるイルファに、彼は更に追い討ちをかける。
「流石に、私も生きたまま燃やされるのは御免だ。どうしてもと言うなら彼に『代わって』もらうよ。だが親しくしていた者に焼かれたとあっては、この少年も浮かばれないな」
 イルファの表情が明らかに強張る。その様子を見て、ユイスはヴァルトが言い終えぬうちにイルファを背後へと追いやった。控えていたレイアがそれを受け止める。この期に及んで友を名乗るなど質の悪い冗談としか思えなかったが、エルドに親愛を感じていたイルファには堪えるのだろう。もしそれさえ見越してイルファとの関係を築いていたとするなら、あまりにも卑劣、かつ頭の回る人物である。だが、そう言い切るにはいくらかの違和感が残った。エルド、もといヴァルトは自分達を貶めるために本性を隠していたのだとユイスは考えていた。しかし、ヴァルトの言い方はまるで――。
「一つ確認するが、お前とエルドは別の人間、か?」
 多重人格、というものを聞いたことがある。切り離された人格は元の人格を認識しているが、逆は覚えていないらしい。原因は不明だが、そういった人間は実在する。もしやエルドもその部類なのではなかろうか。そう推測したのだが、ヴァルトの口から出たのは否定の言葉だった。
「そう、別人だよ……君が想像しているのとは少し違うだろうけどね。エレメンティアはクロック症候群の進行が遅いというのは知っているかな。恐らくは君自身もだろうが」
「……それと、何の関係が?」
 問い返しながらも、ユイスは頷く。確かに、エレメンティアの力を持つ者がクロック症候群を発症した場合、通常より進行が緩やかである傾向は報告されている。だがその差もごく僅かなものであり、エレメンティアであるから、と明言するには心許ない情報だった。王家でさえ把握しきれないものを断定するだから、ヴァルトには確信できるだけの情報があるのだろうか。
 しかしそれについて言及するほどの猶予は与えられず、彼は更に続けた。
「知っての通り、この少年もエレメンティアだ。数年前にクロック症候群を発症したが、その力のおかげで身体の方に影響は出なかった。変わりに奇妙な症状の出方をしてね。血の記憶が遡ったんだ。この子こそが、私が存在した証」
「血の、記憶?」
 首を傾げるユイスに、ヴァルトは愉快そうに口元を歪めた。
「ところで君は、ヘレス王国の名に聞き覚えはあるかな」
「……エル・メレク統一より前に繁栄した国だろう。民衆からは忘れられて久しい」
 話の繋がりが見えてこない。だが有無を言わさぬヴァルトの視線に、ユイスは問われるままに答えるしかなかった。
 統一以前、大陸では二つの国が勢力を二分していた。その一つがヘレス王国だ。統一戦争に敗北し、混乱の中で王族は絶え、国も徐々に戦勝国に吸収されていったと記録されている。ただそれも史料に僅かばかりの記述があるだけで、他にかの国の存在を示すものは残されていない。それこそ王の名さえ忘れ去られてしまった。眼前の人物が名乗る『ヴァルト』という王が実在したのかさえ――。
 そこでユイスは、はたと思考を止めた。一つの答えに行き当たってしまったのだ。存在した証。血の記憶。まさか、と呟く声は掠れて音にならなかった。ヴァルトが更に笑みを深める。


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