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14

「また、そんな無茶をしたの」
「これが一番ちょうど良かったのよ。手っ取り早いと思って」
 促されて得物を手放したメネの手には、赤く血が滲んでいる。地面に投げ捨てられたのは、辺りに散らばる結晶と同じ物だった。刃だと思っていたのは、彼女が鋭利な結晶を拾ってきたものだったらしい。柄の無いナイフを素手で掴んでいたようなものなのだから、その掌は遠目にも痛々しい。
 どこから取り出してきたのか、ノヴァはメネの傷にきっちりと布を巻きつけ処置をしていた。手付きには全く淀みがなく、慣れた様子で布の端を結ぶ。また、という言い方からして、よくある事なのだろうか。まるで妹を心配する姉のよう――否、対称的にも思える色彩の二人がこうして並ぶと、対となることを定められた者達のようだ。それでいて相反しているような、不思議な光景である。
 そこでふと、ユイスは既視感を覚えた。以前にも、この感覚を味わった事がある気がする。そう首を傾げた瞬間、ノヴァと目が合った。
「……中へ」
 一言そう告げると、彼女はメネを伴い聖堂へと踵を返した。ついて来い、ということなのだろう。僅かに逡巡した後、ユイスも彼女達に続いた。不明な状況は相変わらずだが、分からないまま立ち止まっているよりは行動した方がいい。そうして中へ足を踏み入れると、外で目覚めた時とはまた別の意味でユイスは驚愕することとなった。
 聖堂の中は、風化した外観からは想像もつかないほど美しかった。色硝子の窓は仄かな光を受けてきらめき、天井に描かれた絵画も色鮮やかに残っている。壁や柱の彫刻もより繊細なものが施され、僅かに欠けた様子さえなかった。状態が良い、という言葉だけでは済まない。この場所だけが時を止めているかのようだ。
 中でも特に目を引いたのは、堂の最奥、本来ならその神殿で祀られる精霊の像が安置されるべき箇所だった。そこには本来有るべき像は無く、代わりに巨大な結晶が鎮座していた。淡い緑が湖水のように揺らめき自ら微かな光を放っているようにも見える。ゆうに天井まで届こうかというその結晶は、ちょうど中央が抉り取られたように砕かれていた。散らばっていた欠片の大本は此処だったようだ。途方もない大きさの水晶にひたすら目を奪われていると、ふと視界の隅に異物が映りこんだ。結晶の根元に、横たわる人影。
「――レイア!?」
 豊かな金髪を床に流し倒れているのは、確かにレイアだった。慌てて近寄り抱き起こすと、身体は暖かく胸は穏やかに上下していた。生きている。その事に安堵の息をつくと同時に、背後から足音が聞こえた。
「そんなに睨まないでちょうだい。ここへ運んだだけよ」
「……どうだかな」
 ユイス達を見下ろし、事もなげに告げたのはノヴァだった。そう言われたところで、此方からすれば彼女達は得体の知れない人物だ。簡単に信用は出来ない。
 更に詰問しようと口を開きかけたところで、腕の中でレイアが身じろぎした。重そうに瞼が持ち上げられ、孔雀石の双眸が現れる。
「レイア! 良かった、目が覚めたか」
「ユイス様……? ここは?」
 ゆっくりと身体を起こしたレイアが、戸惑ったように辺りを見回す。そして、ユイスと同じ様に巨大な結晶を見上げ息を呑んだ。
「船から投げ出されたのは覚えてるな。私達はそのまま海に沈んで、例の街に招かれたらしい」
「……招かれた?」
 困惑したままのレイアからひとまず視線を外し、ノヴァに目で問う。メネも傍に立ってはいるが、禄に此方を見てもいない。事情を訊くなら、ノヴァの方が適切に思えた。
「ええ。あなた方をここへ招いたのは、私達」
「いい加減思い出してきたよ。以前にも会ったことがあるな。夢だと思い込んでいたが」
 ルーナの街で気を失った時。そして船の上で発作に見舞われた時。何処とも知れない不思議な空間で、この二人と対峙した。切っ掛けさえ掴めば、なぜ今まで気付かなかったのかと思うほど鮮明に記憶が蘇る。抑えつけていた枷が無くなって、一気に溢れ出してきたようだった。二度まみえたその両方で、謎めいた言葉だけを残した美しき姉妹。
「今度こそは答えてもらおう。貴女達は何者だ。人か、精霊か」
「……私達は時柱(ジチュウ)と呼ばれる者。私は過去を、メネは未来を司る」
 淡々と、ノヴァは答えを返す。聞き慣れない言葉に首を捻るユイス達を尻目に、彼女は水晶柱を見上げた。
「知りたいんでしょう、クロック症候群のこと。話しましょう。あなた方が、望むことを」


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