×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -


9



 身体が宙に浮かんでいるような、奇妙な感覚だった。立っていた筈の足場が突如として安定をなくし、急速に闇へと落下していく。しかし落ちた底に叩きつけられることはなく、見えない膜のようなものに受け止められ緩やかに着地する。乱された平衡感覚を取り戻そうと瞬きを繰り返していると、ユイスは自分が見知らぬ部屋にいることに気が付いた。
「俺は、いったい……いつの間に」
 霧に包まれてしまったかのように記憶も曖昧で、上手く思考が纏まらない。目覚めているのか、夢を見ているのか、それすらあやふやに感じられた。
 辺りを見渡す。瀟洒なテーブル、その傍らの革張りのソファー、形を整えられたクッション。足下には体重を柔らかく受け止める毛足の長い絨毯が敷かれている。どこかの貴族の邸か、と考えて、ユイスははたと気付く。同じような状況で、同じような事を考えたことがなかっただろうか。
「……また来たのね。癖がついてしまったかしら」
 戸惑い、思索にふけるユイスを遮るように、誰かの声が響いた。扉の開く音が、やけにはっきりと耳を打った。
 慌てて振り返った先に居たのは、二人の女性だった。一人は短い黒髪に灰色のドレス、もう一人は青銀の髪にフリルをあしらった純白の衣装である。その姿を見て、ふとユイスの中に鮮明な映像が蘇った。ルーナの神殿を訪れた時のことだ。不慮の事故で意識を失い、その時に――。
「前にも来たことある?」
「あるわね。でも、今回は……」
 ユイスの困惑など意に介した風もなく淡々と言葉を交わしていた二人だったが、ふと黒髪の女性と視線が合った。彼女は目を細めて暫しユイスを観察すると、軽く首を傾げた。
「……ああ、わざわざ出向いてくれたの。時柱もいる。好都合ね」
「いったい、何の――」
 何の話だ、という疑問が言葉になることはなかった。女性が何か手を動かした瞬間視界が揺れ、耐え難いほどの眩暈に襲われる。以前もそうだった。彼女は人ならざる力を操り、ユイスの意識を奪った。訳も分からないうちに同じ事になってたまるかと、ユイスは歯を食いしばって二人の女性を睨む。
「ここは、なんなんだ。貴女達は」
「そう険しい顔をしないで頂戴。貴方が求める場所へ案内してあげる。だから、一旦帰りなさい」
 ユイスを遮り、女性が指先を伸ばす。それが目先を掠めたかと思うと、抵抗も虚しく意識は再び遠ざかっていく。五感は閉ざされ、己の存在さえ曖昧になる――。
 そして、失われたと思った感覚を次に刺激したのは、痛いほどの冷たさと派手な水音だった。
「――ちょ、レニィ、何してるの!?」
「眠気覚ましなの。こうすると良いって人間が言ってるの聞いたのよ」
「あの、状況も考えて……!」
 頭上では、なにやら喧しいやり取りが交わされている。ゆるゆると瞼を持ち上げ半身を起こすと、そこは元の船の上だった。手足も動く。あの奇妙な感覚もない。レイア達や船にはあの不思議な空間の影響は無いらしく、変わった様子は見当たらなかった。ユイスが気を失って、そのままの状態らしい。頭にかかった靄を晴らそうと軽くかぶりを振ると、髪から水滴が飛び散った。先程の冷たさの正体はこれのようだ。会話の流れからして、犯人はレニィに違いないだろう。


[ 9/18 ]

[*prev] [next#]



[しおりを挟む]


戻る