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 人々の声と商品を運ぶ荷車の音、それを包むような潮騒。雑多なまでに賑やかなイルベスの町の中で、ただ一つ喧騒に溶け込まない白い建物。それが水の神殿だった。前に訪れた地の神殿とは対照的に、比較的歴史の浅い神殿である。その証拠を見せつけるかのように、陽射しを受けた外壁は真新しさを感じさせるほどに輝いていた。フェルダで見た古めかしい神殿の印象が残っていたから、尚更そう見えたのかもしれない。
 門をくぐり、神官の一人を捕まえ事情をかいつまんで説明したところ、彼は慌てて上司へ報告に走っていった。しばらく待たされたのち、ユイス達は特に身分を改められることもなく客間に通された。
「……妙な雰囲気だな」
「はい……なんだか、落ち着かないです」
 すれ違った神官達の様子を思い出して呟いた言葉に、レイアも同意する。ということは、気のせいではないらしい。
 神殿全体に、浮き足立ったような空気が漂っていた。誰もが平静を装ってはいるものの、どこかせわしない。客間への案内を務めた青年は妙にぎくしゃくしていたし、時折こちらに好奇の眼差しを向けてくる者もいた。初めはイルファを連れているせいかと思っていたが、どうも違う。今回、イルファはきちんと大人しくしていたし、視線はユイスとレイア二人に平等に注がれていた。
 ――精霊王に召喚されるなど冗談だろうと思ったが、彼等の反応を見ているとあながち嘘でもないようだ。精霊は気紛れに人を騙すこともある。レニィと名乗った精霊もその例ではないかと疑っていたが、考えを改めなければなるまい。
「……ようこそいらっしゃいました、お客人」
 やがて、あれこれと思考するユイスを呼び戻すようにして客間の扉が開いた。一歩進み出て恭しく頭を下げたのは、水の神殿の最高位、イゴール司教である。歳はまだ三十路をいくつか過ぎた程度。なで肩と垂れ下がった眉のお陰で気弱な印象を持たれがちであるが、エレメンティアとしての力と理知的な人格が評価され、現在の地位を授かった男である。
 イゴールは面を上げ来訪者の顔を交互に見つめると、テーブルを挟んでユイスの正面へと腰掛けた。レイアの頭上であぐらをかくイルファし微かに瞠目していたので、ある程度は彼の存在も近くできているのだろう。
 互いに簡単な挨拶を済ませると、イゴールは早速とばかりに切り出した。
「海に沈んだ街を、お求めだとか」
「……ええ、その通りです」
 神殿へ向かえ、と告げた張本人のレニィは早々にどこかへ飛び去ってしまったが、事前の根回しがあったのかイゴールは自分達の目的を知っているらしい。レニィの、或いは精霊王の意図は定かではないが、どの道神殿には訪れるつもりだった。ついでにこちらの用件も済ませても構うまいと、ユイスは語を継いだ。
「クロック症候群の手掛かりとなるかもしれない事です。お話を伺えますか」
「……残念ですが、私どもにもあまり話せることはないのです」
 一つ息をつくと、イゴールは傍らに控えていた神官から何かを受け取りテーブルに広げた。古びた羊皮紙に何か模様が描かれている。しばらく眺めていると、それが地図だと分かった。だがインクは劣化して掠れ、紙そのものも傷んであちこち破損している。辛うじてイルベス周辺の地図らしいと察することは出来たが、文字や図形を正しく読み取るのは困難だった。それに、どうも地形に違和感がある。
「これは、イルベスの地図ですか? 今とは少々地形が違って見えますが」
「ええ。こちらはおよそ八百年前――大陸統一以前の地図になります」
 イゴールが添えた説明に、ユイスは息を呑んだ。エル・メレクが統一される前の資料というのは、実は殆ど残されていない。多くは統一戦争の際に焼失、もしくは焚書の憂き目にあっていた。たかが地図ではあるが、簡単にはお目にかかれない貴重品である。
「この一帯がその街に該当する部分だと思われます。現在だと、この辺りですね」


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