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20

「こらー、遅いぞー。さっさと終わらせてビスケット食うんだから早くしろよー」
「お前が勝手に先に行ったんだろう。あまり急かさないでくれ」
 ようやく追い付いたイルファは、森の入口でもどかしそうに手をこまねいていた。一人で先走ったように見えても、一応はユイスのことを待っていてくれたようだ。彼はひとしきり不満を垂れ流すと、つい、とユイスの顔の横に並んだ。これで、突入する体勢が整った。目の前にある森は穏やかそのもので、そよ風に梢が静かに揺れている。しかし、一歩踏み込んだ後にどうなるかは解らない。それでも、決めたからには進むのみだ。
「……行くぞ」
「おー、行くぞー」
 短く発したユイスの言葉に応える声は、全くと言っていいほど緊張感の無いものだった。単に彼の口調がそう感じさせるのか、これから行うことの意味を理解していないのか。そこまでは解らなかったが、それを考えても詮無いことだ。ユイスは思考を中断し、ついに再び森へと足を踏み入れた。
 ――その瞬間から、自分が歓迎されていないことを肌で感じ取ることが出来た。森全体がざわめいている。木々は枝を擦り合わせて不快な音を立て、腐葉土はじっとりと靴にまとわりつき、姿を見せない動物達は声もなく囁き合う。なぜ戻ってきた。王の言葉を忘れたか。もうその命は保障せぬぞ。そんな風に、ユイスへと意思をぶつけているようだった。しかし殺気に近い気配を放ちながらも、彼らが何かを仕掛けてくる様子は未だない。まずは静観、だが何かあれば――といったところだろうか。
 下手に刺激しないように、その気配には気付いていないかのように振る舞った。周囲への警戒を怠ることだけはせず、平静を装いながらユイスは森の奥へと分け入って行く。記憶を頼りに昨日と同じ道を辿り、やがて行き止まりへと突き当たる。その場所も、やはり昨日と全く同じ光景だった。唯一の道は繁茂した蔦や低木で覆い尽くされ、これ以上の侵入を拒んでいる。深緑の壁を眼前に、ユイスは立ち止まり息を吐いた。
「地の精霊よ、今一度話がしたい! 道を開いては貰えまいか!」
 一縷の望みを賭け、対話を希う。だが、当然の如く応える声は無かった。
「……やはり、か。仕方ない」
 それほど躊躇することもなく、ユイスは剣の柄に手を掛け刃を引き抜く。剣を振るうなど随分久し振りのことではあったが、思ったより違和感なく手に馴染んでいた。金属の重みが、より意識を鋭利にさせる。ここから、ひと暴れだ。
「燃やすかー?」
 ユイスの言動を見守っていたイルファが、見計らったように問い掛ける。心なしか控えめに聞こえるのは、前回強く牽制したことを覚えているからだろうか。しかし、今回はその逆である。
「ああ。ただし、森全体を火事にするような真似はやめてくれよ」
 邪魔になるものだけ、と注釈を加えながら強く頷くと、イルファは悪戯する時の子供のようににんまりと笑った。


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