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19



 空が、白み始めていた。黒く沈んでいた空がじわじわと紺へ色を変え、顔を出し始めた陽の光を受け夜の闇が消えていく。それでも朝と呼ぶにはまだ早いと思える時間に、ユイスは一人町の外を歩いていた。
「なーなー、本当に行くのかー?」
 否、正確には一人ではない。すっかり回復して宙を飛ぶ、小さな炎の精霊がユイスに問い掛けた。もう一人の旅の道連れであるレイアは、今はいない。何かにつけてイルファとあれこれ喋っていた彼女がいないと妙に静かで、違和感さえ覚えた。そのせいだろうか。耳に届いたイルファの声も、どこかぎこちなく感じられた。
「当然だろう。なんだ、またやられるのが怖いのか?」
「そ、そんなんじゃないぞー! あの時はお前らがおとなしくしろっていうから、おとなしくしてただけなんだからなー!」
 揶揄するように応えると、イルファは膨れっ面で猛烈に抗議した。逆にその仕草が彼を意地を張る子供のように見せているのだが、本人は気付いていない様子である。それを微笑ましく思いながらも、ユイスは彼のやる気を掻き立てるための手札をちらつかせた。
「そうだったな。今回は多少暴れても構わないぞ? 上手く事が運んだら、ビスケット増量も考えよう」
「……本当かー? 本当に約束するかー?」
 案の定、ビスケットという単語にイルファは反応した。念を押すように睨んでくるイルファに、ユイスは鷹揚に頷いて見せた。
「ああ、約束だ」
「絶対だからなー!? そうと決まったらさっさと行くぞー!」
 その途端、イルファは破顔し風の如く飛び去っていった。とことん自分の欲望、もとい食欲に忠実な精霊である。お陰で扱いやすくはあるのだが。
「やる気があるのはいいが、私を置いて行ってどうするつもりなんだ……全く」
 呆れて嘆息しつつも、ユイスもまたイルファに続くように歩みを再開した。その足が向かうはトレルの森である。無論、精霊王との接触を再び図るためだ。拒絶されたからといって、簡単に放り出せることではない。しかし、本来ならこれは“聖女”の力を一番必要とする行為だった。それなのにレイアを町に残し、わざわざ人目を避けるようにこんな時間を選んだのには理由がある。
「……使わないに越したことはないが、そう上手くはいかないだろうな」
 低く呟きながら、ユイスは腰に佩いた硬質な感触を確かめる。掌にひんやりとした温度を伝えるそれは、やや小振りな片手剣だった。至る所に細かい傷があり、随分と使い込まれた様子が窺える。それもその筈、これは成人前のユイスが稽古で使っていた剣なのである。十年程前の物だっただろうか。背の伸びたユイスには短すぎると使わなくなって久しい代物だったが、今の姿なら丁度良い。そう思って旅の荷物に加えていたのである。そして何故それを今持ち出してきたのかといえば――一騒動起こすつもりだから、だ。
 一晩、悩み抜いた挙げ句の単純な結論だった。諦めようとは思わない。だが昨日の様子では、再び訪ねて穏便に対応してくれるとも思えない。ならば、こちらも腹を括ろう。そう決めたのである。事を荒立てずに済むなら勿論そうしたいが、そうでないなら強行突破も辞さない。精霊王相手にそんな真似をすれば、この身にどんな天罰が下るか――それくらい想像はついたが、何も出来ず死を待つよりは余程ましに思えた。
 だからこそ、レイアは置いてきた。精霊の寵愛を受ける彼女に、精霊と争うような真似はさせられない。怒りの矛先を向けられるのは自分だけでいい。彼女を危険な目に遭わせたくはなかった。イルファが着いてきてくれただけでも、充分である。


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