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「それと、出来れば神殿の蔵書を見せて頂きたいのですが――」
「あ」
 先程のユイスのぼやきを思い出したのか、蔵書の閲覧についてレイアが切り出した。しかしその合間に、妙な声が紛れ込んでいたような気がする。次いで、がちゃん、と何かが割れる音が響いた。それによって不穏分子の存在を思い出すが、既に遅い。振り向いた先に見えたのは、元が判らないほど無惨に砕けた陶器と、その傍に佇む小さな精霊である。
「イルファ! だから触っちゃ駄目って言ったのに――!」
 悲鳴を上げるレイアを視線で制するも、間に合わなかった。司教の顔が引き攣る。
「他にも、お客様がいらしたようですかな?」
 見る見るうちに気色ばむレナードに、ユイスはひっそりと嘆息した。今に至るまでイルファの存在に気付かなかった時点で、レナードがエレメンティアとしての力が無いことは明白だ。劣等感を拗らせている相手の前でそれを強調するような真似をしては、面倒なことこの上ない。
「私達に協力してくれている炎の精霊です。ご説明が遅くなり、申し訳ありません。それに、部屋の備品も」
 慌てふためくレイアに代わり、ユイスが口を開いた。告げた内容に、レナードはわざとらしく瞠目して見せた。
「おお、精霊ですとな。“声を聞く者”としての力が弱い私は知る必要はありませんでしたかな?」
「……決して他意があってのことはございません。彼の精霊も気紛れゆえ、今し方まで姿が見えなかったのです。お伝えする機を逃してしまったことをお許しください」
 ――己には精霊の存在を感じ取れなかったのに、レイアはいとも容易くやり取りしている。その状況は、大層レナードの矜持を傷付けたらしい。ご自慢の品であろう備品も粉々なら尚更だ。平謝りするユイスを余所に、彼は大きく溜め息を吐いた。
「しかし、困りましたなぁ。この地の神殿には貴重な品も多い。またこのように壊されることがあっては……それに、神殿に仕える者にエレメンティアが多いのはご存知でしょう。混乱を招きかねませぬ」
 要するに、不愉快だから早々に立ち去ってくれということか。此方としてもこんな悪趣味な部屋で一晩過ごすのは苦痛なので、ある意味有難い話ではある。
「では、町に宿を取りましょう。聖殿に立ち入る許可を頂けるなら、他のことはどうぞお構い無く」
 念のために釘を刺しつつ、レイアに視線を移す。あくまで今の主導権は彼女にある筈なので、ユイスばかりが話を進めては不自然である。
「え、ええ。極力神殿にはご迷惑をお掛けしないようにします。本当に申し訳ありません」
 ユイスの言わんとするところを理解したらしく、レイアも言葉を続けた。レナードは暫し思案するかのように黙り込んでいたが、やがて億劫そうに首を縦に振った。
「解りました。明日、宿まで使いの者を遣るとしましょう。では、そろそろ時間ですので」
「あ、はい、ありがとうございました……」
 レイアが言い終えぬうちにこちらに背を向けると、レナードは早々に退室していった。ぱたん、と音を立てて扉が閉まると、滞っていた重い空気が一気に流れ始めたような気がした。知らぬ間に詰めていた息を吐き出すと、同じように息を吐くレイアの姿が目に入った。
「やれやれ、だな」
「すみません。結局、助けて頂いて」
「気にするな。おかしかったのは司教の思考回路だ」
 項垂れるレイアに、ユイスは頭を振った。実際、彼女の言動に大きな問題は無かったのである。あったのは司教の妙な矜持の高さと、あともう一つ。
「……おー? なんだ、終わったのかー?」
 注がれる視線に気づいたのか、イルファが宙へと飛び上がった。ようやく退屈から解放されると思ったのか、その場で大きく伸びをする。
「……もう一度、よく話をしておく必要がありそうだな」
 全く悪びれる様子のない炎の精霊に、二人は肩を落とすしか無いのだった。


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