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9

 その意を汲み取ったのか、ジーラスが深く追求してくることはなかった。その身体をずらして背後を振り替えると、影のように控えていた少女――フェルレイアがぴくりと肩を揺らす。
「……ご事情は、伺いました。私の力でお役に立てるのならば、如何様にもお使いください」
 既に用意していたのだろう文句を淀みなく言い切るが、その声は僅かに震えていた。どこか、様子がおかしい。孔雀石にも似た瞳は、透明な雫で潤んでいるようにも見えた。
「フェルレイア、どうした?」
 名を呼ばれると、フェルレイアは何かを振り払うように頭を振った。
「……申し訳ありません。まさか殿下がこんなことになっているなんて、考えてもいなくて」
 ――ユイエステルの姿を見て動揺したのは、彼女も同じことらしい。か細い声で答えると、フェルレイアは俯いて黙りこんでしまった。陰鬱な空気がその場を包んだ。沈黙が重くのし掛かり、息が詰まる。いつも天真爛漫な幼馴染みが悲哀に沈むのは、やはり心苦しかった。それに、これでは肝心の話が進まない。
「……そうか。私はてっきり先程のことを気にしているのかと」
「……先程の、とは?」
 鬱々とした雰囲気を壊そうと、わざと茶化すようにユイエステルは漏らした。もちろん、外壁での出来事のことである。首を傾げている様子を見るに、まだジーラスの耳には入っていないようだ。
「――で、殿下っ!」
 ユイエステルの意図を察知したのか、フェルレイアは焦ったように顔を上げた。なかなか効果があったようである。何かを訴えるような彼女の視線は無視し、ユイエステルはにやりと口元を歪めた。
「何、少々尻に敷かれてな」
「……はい?」
 間の抜けた声を上げたジーラスに、ユイエステルは事の次第を事細かに話してやった。受け止め切れなかった自分も無様だが、それ以上に彼女が後ろめたく思っているのを見越しての事である。話す間フェルレイアは無言で口を開閉したり、赤くなったり青くなったりと大変愉快なことになっていたが、やがて叱られた子供のように身を縮めて大人しくなった。
「フェルレイア……お前は……」
 一通りの話を聞き終えたジーラスは、海よりも深いであろう溜め息をついた。呆れ果てた、といった様子である。
「あの、いざとなったら精霊に助けてもらおうかなって! でもまさか落っこちるなんて思わなくて、ええと……」
 必死の形相で弁明を図るフェルレイアだったが、段々と声が小さくなっていく。
「いくら応えてもらえるからといって、精霊をあてにし過ぎるのは良くないぞ。あんな所で何をしていたんだ?」
 咎めようと思ったわけではないが、ユイエステルはずっと抱えていた疑問を投げ掛けた。高い所に登りたかっただけ、というのは流石にやめてもらいたい。
「……猫が、降りられなくなっていて。それで」
「……なるほどな」
 何かを抱えているように見えたのは、猫だったらしい。それにしても無茶をしたものである。
「申し訳ありません……」
「気にするな、無事ならいいんだ。――それにしても、また武勇伝が増えたな」
 安堵の息を吐いたのも束の間、ユイエステルが最後に添えた台詞にフェルレイアは小さく呻き声を上げた。
「そろそろ打ち止めにして欲しいのですがな……」
 やれやれといった素振りでジーラスは肩を竦めたが、もはや諦めの色が滲んでいたのは気のせいではないだろう。


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