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8


 淡い光が、眼球を刺激する。目覚めを自覚した瞬間、ユイエステルは慌てて飛び起きた。
「ここは……」
 その動きに合わせて軋むベッドの音と、糊の効いた真新しいシーツの感触。辺りを見渡すと、質素な、そして必要最低限の物品が置かれているのが目に入った。恐らく、神殿の一室だ。優美な貴族の部屋も、あの女性達も、何処にも見当たらない。
「……夢、か?」
 呆然と呟きながらも、どこかでそれを否定する自分がいた。鮮烈なまでに眼裏に残るあの場面は、夢という方が不思議な気がしたのだ。触れた物の感触も、耳にした声も、まざまざと思い出せる。しかしそれらは跡形もなく消えてしまった。 あれはいったい何だったのか――しばらく自問自答を繰り返した後、ユイエステルはやはり夢だ、と結論付けた。どう考えても神殿にいる今の方が予測していた状況に近く、より現実味があった。どちらを信じるかなど愚問である。そう確信した時、不意にドアを叩く音が響いた。
「――ああ、お目覚めでしたか! 失礼を……!」
 ノックと共に顔を除かせた神官は、まさかユイエステルがまだ目を覚まさないものと思い込んでいたらしい。慌てて姿勢を正すと、深々と一礼した。
「いいや、大丈夫だ。気にしないでくれ」
 そう声をかけると、彼はほっとした様子で来客の存在を告げた。
「大司教様がお見えです。お会いになりますか?」
「……ああ」
 ユイエステルが頷くと、神官は再び礼をして退室した。そうだ、今は夢のことなどどうでもいい。ここに来たのには目的があるのだ。
「失礼致します」
 程なくして、再びドアが開かれる。現れたのは、白髪頭にたっぷりと顎髭を蓄えた老人だった。背中は曲がり動作は緩やかであるが、しっかりとした足取りで歩く様は威厳が漂う。身に纏う法衣は他の神官達とは違い、高位を表す深紅で紋章が描かれていた。そして、その背後に控える司祭の少女が一人。二人はユイエステルの数歩手前で立ち止まると、ゆっくりと膝をついた。
「ジーラス殿」
「お久しゅう御座います、ユイエステル殿下」
 名を呼ばれ、大司教ジーラスは床に額が着きそうなほど頭を下げた。その様子にユイエステルは困ったように微笑んだ。
「そんなに畏まらないでくれ。なんだか落ち着かない」
 ジーラスは、幼い頃から様々なことを教え導いてくれた人だ。そんな人物に恭しく接されるのは、どうにも居心地が悪い。顔を上げるように促すと、彼らは躊躇いがちにユイエステルを見上げた。
「息災なようでなによりだ」
 久方ぶりに見るその姿は、相変わらず矍鑠(かくしゃく)としている。心底から思ったことを声に出したのだが、ジーラスの表情は晴れやかとは言い難いものだった。
「ええ、我々は平穏なことこの上なく過ごしております。ですが、殿下、そのお姿は……」
 歯切れ悪く、ジーラスは言う。最後まで聴かずとも、彼が何を言いたいのかは理解できた。
「……封書は、読んでもらえただろうか」
 その問い掛けに、ジーラスは無言で頷いた。
「己の目で見るまでは、と思っていましたが……事実なのですね」
 封書の中身には今日ここに至るまでの経緯と、ユイエステルの現状が書かれていた。ルーナを最後に訪れたのは約一年前である。その頃に大司教が見た姿と比べれば、ユイエステルがクロック症候群であることを疑いようもないだろう。
「聖殿へ入れるだろうか、ジーラス殿」
 あえて、ジーラスの言葉を封じるように尋ねる。前触れなく突然訪問してきた王子の姿がこれでは、彼が落胆するのも無理はない。しかし、わざわざ嘆かれるためにやって来たわけではないのだ。
「……話は通しております。フェルレイアも、ここに」


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