08

「大食堂で夕飯まで時間あるけど、どうする?」
「俺はもう荷物片づけちゃったしな……」
「俺も。そんなに荷物ないし。じゃあ、お互いを知るために自己紹介でもするか?」
「あ、うん、そうだね」
 秋吉は、うん、とわざとらしく咳をして、私の部屋に押し入ってきた。けっこう強引でデリカシーのない男であるが、私は優柔不断なところがあるのでリードされるのは悪いことではない。美形でリードしてくれて、ちょっと失礼な、というか鈍感な性格だが、いい感じである。
「比呂?」
「あ、ごめん」
「比呂、ぼうっとしてるよな」
「失礼な」
「えっと、何か知りたいことある?」
「ええと……」
 童貞ですか? 封印だ。いきなりこんな質問されたら、男同士でも絶対引く。考えに考え、ひねりのない質問を思いつく。
「誕生日、いつ?」
「九月一日」
「へえ〜。俺は三月だから、秋吉のほうがお兄さんだね」
「ほんの何ヶ月かだろ」
 私の言葉に、秋吉が呆れたように笑う。
「そんなこと気にするの、小学生みたい」
「うっ、そうかな……」
 ところで、双子の場合母親のおなかから生まれたのがどちらが先かで兄になるか弟になるかが決まるという話があるが、私と兄は誕生日が違う。ちょうど日を跨いで生まれたのだ。兄のほうが先に生まれてきたので、誕生日は三月十日で、私は三月十一日だ。そんなの医者の裁量で揃えてもらえるものなんじゃないのかと思ったこともあるが、うちの両親はたぶん「そういうの面白そう」みたいなノリで誕生日のずれをあえて楽しんでいるのだと想像できる。
 そんなこんなで、双子なのに、たった一日誕生日がずれ込んだだけで、兄はものすごい勢いで兄貴面をしてくる。ことあるごとに「俺のほうが兄貴なんだから」というような発言を連発する、うざいタイプだ。
「小学生ってそういうのすげえ気にする奴いなかった?」
「ああ、たしかに、小学生で好きな子できたときに、自分より誕生日が先か後かって気になるよね……」
 小学生の頃を思い返す。好きな子ができたときは女子たちは誕生日を調べて、自分より先に生まれていると「年上カッコイイ」というような空気をかもしていた。
「そうか?」
「俺は三月生まれだから、たいてい自分より相手が先に生まれてるんだけど」
「たしかに」
 さて、この流れでいけばこの質問も許されるだろう。
「そういえば、彼女とかいる?」
「なんで?」
 自然な流れで聞いたつもりがものすごくがっつりと怪訝な顔をされてしまい、あれ、と思う。私はもしかして空気が読めていなかったのか。
「いや、ほら、全寮制だし、いたらさみしがってるんじゃないかな、とか」
「ああ」
 不意に頭にジェニーの顔が浮かぶ。とは言え、あの写真の人物がジェニーだという確証はないのだが。そういえば、これ誰、と聞いたときには、クラスメイト、としか返されなかったような気がするけれど、名前までは聞かなかったな。
 秋吉が、少し間を置いてため息をつく。
「今まで彼女いたことないよ」
「え、ゼロ? 嘘だろ?」
「なんで嘘なんだよ」
「こんなにイケメンなのに」
 心底驚いた。こんなに美形なのに、彼女いない歴年齢? あ、つまり童貞です! 私の卑猥脳が叫ぶ。驚いた気持ちをそのまま表情に乗っけてしまっていたらしく、秋吉はあどけなく相好を崩して呟いた。
「まあ、そのうち理由分かるよ」
「……実はめっちゃ性格悪いとか?」
 その幼い笑顔からは想像もつかないが、彼女がいなかった理由がそれ以外に思いつかない。
「ああ、そうかも」
「……」
 意味ありげに笑う。顔面偏差値の高さを補って有り余る好感度の低さは、ちょっと気になる。

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