05

 歯磨きをしながらもう一度鏡を見て、なんだか見慣れているような見慣れないような不思議な気持ちになる。兄とほんとうに瓜二つになってしまったせいで、自分が兄になってしまったかのような錯覚を覚える。
 自分の顔なのに、自分の顔じゃない。そんな奇妙な感覚だ。
 そして思う。男になりきって行動するということはたぶん、私は私ではなくなってしまうんだろうなと。
「……そんなのごめんだ」
 たとえ私として生きられなくなったとしても、絶対に私らしさは失わないぞ。そう心に決めた。
「わあ、ほんとに比呂くんだ」
 着慣れない男物の服を着て歩く。親友との待ち合わせ場所に着くと、すでに彼女はそこに立っていて、私を見て開口一番そう言った。
「比呂くん、久しく会ってないけど元気そうで安心した」
 親友が、またも心ないブラックジョークを飛ばす。
「私亜衣ですけど」
「分かってるよ。言葉使い、矯正するんじゃないの?」
「俺は比呂。ガキ大将」
「間違ってはいないね」
 兄は昔から、身体が小さいくせに負けず嫌いの勝気な少年だった。なので、リーダーシップは皆無に等しいけれども、ガキ大将という言葉と絆創膏がとてつもなく似合うこどもだったのだ。
 私が親友相手に汚い言葉使いを練習しているうちに、入寮式は明日に迫っていた。
「じゃあ、行ってらっしゃい。達者でね」
「行ってきます」
 ボストンバッグに必要なものを押し込み、母の見守る中旅立った。電車を乗り継いで学園へ向かう。遠いな。そもそもなぜジェニーがいながら、兄はこんな全寮制の私立なんか受験したのだろうか。謎である。しかし兄は昔から分かりやすくはあるもののある意味では何を考えているのか分からない人間で、明るいけれど裏がありそう、腹黒そう、と言われていたので、そこを考えても仕方がないとする。
 駅から学園までの道のりを歩いていると、同じ制服を着た人たちが増えてきた。皆制服が新品で、一目で新入生だと分かる。
 それにしても。学園の入口、校門に立ち、そびえ立つ学び舎を見上げる。なんとご立派な学園なのだろう。私立と言えども所詮高校は高校、と舐めてかかっていた。ちょっとしたひとつの町のようなたたずまいである。等間隔で植わっている桜の並木道を通り、入寮式がおこなわれる寮の手前の広場に向かう。芋を洗うような混雑の中で、私はとりあえずその最後尾あたりに立ち尽くし、入寮式が始まるのを待った。見回すと、男だらけでむさ苦しい。
 入寮式は、小学校の修学旅行のキャンプ説明のような感じで進んだ。寮監さんの挨拶に始まり、寮長さんの挨拶がある。そして、門限や外出についての約束事が説明されている。寮は複数棟あり、私はC棟らしい。ちらりと横に目を滑らせると、皆真剣に聞いていて、すでに家でパンフレットを熟読し予習していてあくびを噛み殺しながら斜めに聞いていた身は慌てて前を向くのである。それにしても、当たり前だが男子しかいない。
 寮の長ったらしい説明もようやく終わり、私たちは部屋に向かう。部屋番号の入った鍵を渡されてC棟に向かう。三○三号室…………ここだ。鍵を挿し込もうとすると、一手早く挿し込まれた。横を見ると、背が高く痩せ気味の、男前というよりは美形という感じの男の子がこちらを見ていた。切れ長の目の上に乗った整った太いが薄めの眉。細い鼻筋はぴんと通り、かたちのいい薄い唇がお行儀よく配置されている。
「あ……」
「同室だな。よろしく」
「あ、よろしくお願いします」

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