02

 例のパシリの発展途上少年から広がった噂は、翌日には学校中に知れ渡っていたことを今更思い出す。秋吉ってそんなに有名人だったのか、としみじみ思う。嫉妬の目で見られるし、時折好意的でない呼び出しもあるけれど、全部無視していたから特に意識もしていなかった。陰湿な嫌がらせも、女子じゃないからかまったくないし、相変わらず三人でつるんで幸せな日々を送っている。ここが共学だったら、上履きはなくなり教科書は破かれ机は廊下に投げ出されその他もろもろいろいろされたことだろう。ちなみにすべて実体験である。それにブチ切れた兄が女子たちに制裁を加えたことも、今は昔である。
 そんな私は、壇上で演説している秋吉に目をやって、ふと思う。
「ラブホ代わりに使うって皆が思ってるってことはさあ」
「うん?」
「俺が副会長室に入り浸ったら、やってると思われるかな?」
「百パーな」
 ふんと鼻で息をして言う。なんとなく未体験の、そしてこれからも体験できないであろう妄想をしてみる。
「なんか、それ嫌だな」
 男として生きている今、そのようなレッテルを貼られるのは非常になんていうか不愉快だ。もちろん、女としてでも学校でやっちゃう尻軽なんだ、みたいな目で見られるのは不愉快だ。
「入り浸らなきゃいいだろ」
「俺秋吉のこと好きだもん、入り浸るよ」
「お前の考えていることがまったくきれいさっぱり分からない」
 そんなに難しいことを言ったつもりはないのだが、彼は腕を組んで真剣に考えている。
「まあ、秋吉が副会長になれるって決まったわけじゃないし。四人も候補いるしさ」
 気休め程度に薫を慰めると、彼は眉を寄せてため息をつき首を数度ゆったりと横に振った。
「決まってるんだよ、それが」
「え、なんで」
「ほかの候補者を見ろ、秋吉より格好いい奴がいるか?」
 わけも分からず並んで座っている副会長候補たちを見て、ふむ、たしかに秋吉が群を抜いている、と納得する。しかし、顔とそれとになんの関係があるというのだ。
「いないけど、顔で決まるの?」
「言っただろ、アイドル集団だって。生徒会長見ろよ、ほらあそこに座ってる」
 薫の指の先を見ると、素晴らしいイケメンが堂々たる面持ちで座っている。
「素晴らしい男前ですね」
「ほかの並んでる役員も見ろ」
「…………」
 俳優集団と言っても過言ではないくらい、男前から美形、可愛い子まで粒選りの面々が揃っている。
「そういうことなの?」
「そういうことなの」
「顔で決まるの?」
「顔で決まるの」
 おうむ返しに、面倒そうに返答する薫に、へええ、と間抜けな相槌を打って、少し伸びてきた前髪をいじくりながら、再び壇上の秋吉に目をやった。気だるそうで、まるでやる気が伝わってこないのだが、いいのか、これで。こっそりため息をつく。
 この学園はなんだか異常だ。閉塞的な環境とは言えどこんなにゲイがいるとは思ってもなかったし、生徒会はアイドル集団だし。私は入学してからストレスでちょっと太ったと思う。体重計に乗っていないのでさだかでないが、最近制服のベルトの穴がひとつずれた。
 夏休みに入ったらとっとと渡英して比呂をとっ捕まえて入れ替わらないと、身体にも心にもよくない。夏休みまであと二ヶ月もある、なんてことだ。可愛い男の子を、見るだけ、というのもいい加減飽きた。触りたい、嗅ぎたい、ちくしょう。
「ああ、もう……」
 仕方がないので、筋骨たくましい薫の肩に頭を乗っける。
「比呂、寝るな」
「寝てないっすよ」
「じゃあなんだよ」
「いやあ、筋肉ブラボーだよね」
「はあ?」
 そんなやり取りをかわしているうちに秋吉の演説は終わり、次にきれいに洗ったさつまいもみたいな顔をした奴が演説に入っている。薫の言っていることがほんとうで、生徒会の役員は顔で選ばれるのならば、なぜ貴様は立候補してしまったのだと糾弾できそうな顔立ちである。

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