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 長いようで短いゴールデンウィークも明けて、また授業がはじまった。
 ちなみに、新入生歓迎会のことについて軽く触れておこう。結局自己紹介で趣味をカラオケに設定してしまった私は、のど自慢に駆り出された。人前で、しかもひとりぼっちで歌うことなんて友達とのカラオケ以外では初めてのことだったので、更に言うとその人前の規模が違いすぎて、私はもう緊張に緊張が重なって胃痛がしていた。
 私に新歓ののど自慢大会のことを教えてくれた彼は、桑名氏という名前なのだが、軽音楽部でバンドを組んでいる。ギター兼ボーカルということらしいがほんとうはギター一本でいきたいらしく、そしてなにを血迷ったか私をボーカルに勧誘してきたので、楽器担当ならまだしも人前で歌うのは無理だ、と身に染みた私はすげなく断っておいた。彼には、ちょっとだけ軽音楽部に入りたいと思っていたことはもちろん言えない。言えば最後、しつこく勧誘してきそうだ。
 ちなみに私が歌ったのは、例のガールズバンドの一番有名な曲だ。女の子のわりにキーが低いので、たぶんあやしまれはしなかったと思う。男が歌ってもそこまで違和感はないだろう曲を選んだし、一応拍手はあった。
「……マジで」
「比呂、すげえ」
 薫が生ぬるい視線とともに適当な拍手を送り、秋吉が真面目に称賛の声を上げる。のど自慢大会で、大賞をいただいてしまったのだ。いったいどういう審査基準になっているのかはよく分からないが、いただいてしまったものはいただいてしまったのだ。そして副賞としてもらった熨斗袋の中身は金一封……なわけがなく、なんだこれは。
「それな、駅行く途中に駄菓子屋あるだろ、そこの商品券三千円分」
 たしかに、最寄駅に向かう途中に、昔ながらのレトロな雰囲気の駄菓子屋がある。しかしよく考えてみてほしい、駄菓子屋の商品券三千円分って、いったいどうやって使い切ればいいのだ、しかも使用期限が一ヶ月後に迫っている。卑怯すぎる。
「これだったら現ナマ五百円入ってたほうがよかった……」
「それはちょっとまずいだろ。あと、生徒会はあそこのじいさんと癒着してるから」
「癒着」
 駄菓子屋のおじいさんと癒着しているなんて、そうそうある話ではない。いったいどう癒着していると言うのだ。
 仕方がないので、今度友達皆を連れて駄菓子屋で三千円使い切ることにして、新入生歓迎会は平穏無事に幕を閉じた。
 そして、新入生歓迎会が終わるのとほぼ時を同じくして、生徒会の役員募集がはじまった。秋吉は当然副会長に立候補した。今日の午後の授業枠を使って、それぞれのマニフェストのようなものを体育館のステージで演説し、そのあと投票になる。
 一年生で副会長に立候補したのは四人。四人もいる。中学の頃なんて、ひとりしかいなくて信任投票だったのに、そんなに皆役員になりたいのか。理解が遠く及ばない。でも、そういえば秋吉は生徒会が権力を持っているとか言っていたな。彼らはそれが目当てなのだろうか。
「比呂、お前誰に入れる?」
 薫が演説の最中にひそひそと話しかけてくる。私は、目を丸くして答えた。
「秋吉に決まってんじゃん」
「だよなあ……でもなあ……」
「秋吉が副会長だと何か問題あるの?」
 薫はふうと息を吐いて、ぼやいた。
「あいつ、副会長室をラブホ代わりにしそうだからな……」
「なっ……」
「おっと、お子ちゃま比呂くんには刺激が強いか」
「馬鹿にすんなよ!」
「そこ、静かに」
 先生からお叱りの言葉が飛ぶ。私は声をひそめて、問いかける。
「それ、マジ?」
「マジ、っつうか、俺の予想だけどな」
 腕を組んで眉をひそめた薫にならい、私も眉をひそめてみる。副会長室をラブホ代わりに、ということは、秋吉には今付き合っている奴とかがいるのだろうか。
「秋吉って、今誰かと付き合ってるの?」
「お前馬鹿?」
「へ?」
「秋吉は今お前と付き合ってることになってるじゃねえか」
「……あ、そうか」

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