04

「仲良かった先輩が生徒会長だったんだけど、やっぱ生徒の代表になるってことは、いろいろ、まあ特権があるんだよ」
「たとえば?」
「たとえば、文化祭の出し物案の合否は生徒会の一存だし、イベントは全部生徒会が管理してるし、国会みたいなものだよ」
 残念ながら社会の授業は聞いておらず、試験前に意味も理解しないまま丸暗記するタイプの私は国会の仕組みを詳しく知らない。だが、とりあえずそんな国の代表と同列に並べられるここの生徒会がすごいのだということは分かった。感嘆のため息をつく。
「で、秋吉は生徒会の何に立候補するの?」
「副会長」
「一年生が副会長なんかなれるの?」
「新歓が終わったら三年は引退して、二年の副会長がそのまま会長になる。だから、一年でも副会長になれる」
「へえ」
「副会長室で何するんだか」
「えっ、副会長室なんてあるの?」
 皮肉っぽく言った薫の言葉を拾って反応すると、周囲の視線が私にそそがれた。慌てて口をつぐむ。秋吉は、薫をぎろりと睨んで、別に、と呟いた。
「副会長室かあ……なあ、秋吉が副会長になったら、ちょっと入れてくれよ」
「別に、いいけど」
 ぶっきらぼうに言ったその態度に、あまり乗り気じゃなさそうだ、と思う。迷惑だったのだろうか。
「迷惑なら、いいけど……」
「いや」
 なんだかすっかり意気消沈してしまった様子の秋吉に首を傾げながら、食事を再開する。もともと感情の起伏が穏やかな人間のようだし、特に気にしないでおく。
「ごちそうさま」
「なんか足りねえな」
「俺の生姜焼き食べたくせに」
「お前が食わせたんだろ。人が盗んだみたいに言うな」
 男子用につくられているここの定食はいつも死ぬほど量が多い。給仕のおばちゃんに、白米を少なめで頼んでも、今まで家で食べていた分の倍は出てくる。そんな大盤振る舞いされても困る。量っていないが、私の体重はおそらくうなぎ上りの右肩上がりだろう。
 食事を終えた私たちは立ち上がり、食器を回収棚に入れて学食をあとにする。ふたりに挟まれながら教室を目指し廊下を歩いていると、肩を掴まれた。思わず振り返ると、体格のいい男の子が立っていた。
「な、なんですか」
「ちょっといいかな」
「え、え」
「あ、比呂」
 ちょっといいかな、なんて消極的に言ったくせに、見知らぬ彼は私を引きずってなにかから逃げるように走っていく。ふたりの慌てたような呼び声が一気に遠くなってしまう。
 連れて来られたのは、人通りの少ないピロティで、引きずられて息切れしている私に、彼は正面から向き合って肩を掴んだ。
「わっ」
「あの、お、俺、初めて見たときから、あの、気になってて!」
 さあっと血の気が引いた。男子校ってほんとうにそういう世界あるのか。
 私の青くなった顔を見て、なかなかに男前な彼の眉がみるみる下がっていく。
「あ、ごめん……。編入からしたら、気持ち悪いよな……ごめん、何もなかったことにしてくれる……引っ張ってきてごめん……」
 何回謝るのか。頬を指で掻いて、呟く。
「……性格は男前じゃないんだな……」
 もちろん聞き取れなかったなんてことはなく、彼はがばっと顔を上げて私の両手を掴んで大声を出した。
「顔は好みってこと!」
「……そういうわけじゃないけどさあ」
「俺、がんばるから! だから……あっ」
「ん?」
「比呂!」
 秋吉がこちらに走ってくる。男の子は私の両手を振りほどき、逃げるように、秋吉が走ってきた方向とは逆に逃げ出した。肝っ玉小さすぎるだろう……。ものすごく残念に思っていると、秋吉が近くまで来て長々とため息をついた。
「危ないだろ、あんな奴にほいほいついていったら。帰るぞ」
「あ、うん」

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