01

 中学校を卒業した春休みの昼下がり、家のリビングのソファでクッションを抱いてポテトチップスをつまみながら、携帯でツイッターに入り浸っている。流れてくる画像や動画をなんとなく再生していると、同級生の男子が馬鹿なことをしている動画にぶち当たる。まだ肌寒いのにパンツ一丁になって、母校の校庭でさまざまなポーズと変顔をキメている。
 いいな、このわけの分からない青くささ。数年後には笑い話になるどころか、今すでに笑い話にできそうなこのわけの分からなさ。それに、中学三年生くらいの年頃特有のあかぬけていない感じもいいな。
 誰か友達がリツイートしているのは、海外のイケメンモデルの画像付きツイートだ。だいたいもれなく全裸に近い。食い入るように見つめて、ねっとりとした視線で外国人特有のごつごつとした筋肉を愛でる。
 私は男が好きである。純粋に男が好きな女である。
 そんな私を友人たちは「痴女」と呼ぶ。失礼千万である。可愛い男の子の乳首当てゲームをしてみたり、男の子の髪の毛の匂いを嗅いでシャンプーの銘柄を当てたり、たくましい柔道部主将の筋肉を舐めるように食い入るように見つめることの何が痴女か。
 私は、男が好きなだけである。いやらしく隠し立てしたりしないし、きちんと声を大にして言うことができるだけである。どうせみんな隠して言わないだけで、好きなんだろう、だったら私くらい正直なほうがまだマシというやつである。
 にやにやしながらタイムラインを流し見ていると、母がとなりにやってきてこれ見よがしにため息をついた。
「どしたの」
「……実はね」
 重い口を開いた母が語ったのは、寝耳に水、青天の霹靂、そんな言葉がよく似合う緊急事態だった。
 私の父と双子の兄は、イギリスで暮らしている。父は仕事の都合、そして兄は高校生活を日本で過ごすことを条件に、語学留学と言って父についていったのだ。中学一年生の英語力でその発想に至る兄もすごいが、それを許容した両親もすごい。とは言え兄の頭はスポンジ並みの吸収力であり、もうすでに日常会話なら問題ないらしい。日本語も不自由と言えそうなちゃらんぽらん具合だった気がする兄が英語を喋っているところなど想像もつかないが、父がそう言っているのだし、兄も特別困ったふうではなさそうので、ほんとうなのだろう。
 ところが、困ったことになった。今は私たちが中学校を卒業した三月だ。つまり兄はそろそろ高校の入学準備がある。そうつまり、緊急事態とは兄が帰ってこないということなのだ。もうとっくに、全寮制の男子校の試験も受かり入学準備も整えて、あとは四月を待つのみとなったところで、兄が帰ってこない。
 いわく、ジェニーが好きだからそちらには帰れない、とのこと。
 ジェニーって誰だよクソ野郎、そんな思いを苦虫とともに噛み潰しながら、私と母は悩んでいた。
「もう入学金も払っちゃったし、制服もそこにあるのよ」
「そうだね」
 リビングのドアのハンガーフックに引っかけてあるぴかぴかの新品の制服をちらりと見る。
「試験もおとなしく受けたのに、どうしていきなり……ジェニーって誰なのよ……うちの息子をたぶらかして……」
「悪いのはどう贔屓目に見ても比呂だと思いますけどね」
 兄の愚行に手を焼く母は、若干老け込んだようにも見える。ジェニーに罪をなすりつけようとしている母は、兄に甘い。私たち兄妹の入学式に合わせヘアサロンでマニキュアを施してつやつやになった黒髪をだらりと垂らし、頭を抱え、苦悩して苦悩してうんうん唸って、母はかすかな声で呟いた。
「あんた、比呂と同じ顔よね」

prev | list | next