ジェイミーと、もう二度と会うことはないだろう。そもそも彼が愛した「レイラ」が死ななければ、決して交わらないような正反対の人生を送っていたのだ。
 不思議と、パパやママと過ごした十四年間より、ジェイミーと過ごした六年間のほうが色濃く感じられる。あの鳥籠は退屈で仕方なかったのに、時間はきっかりと、けれどあっという間に過ぎていたような気がする。
 モニカが車を走らせて向かった先は、わたしが当時暮らしていた高層マンションではなかった。それよりももっと緑地の多い、言わば住宅街のほうへ向かっていく。この景色は、見覚えがあった。パパの運転する車で、何度か通ったことがある。ヤマテのほうに向かっているんだ。
「もしかして、おばあちゃまの家に向かっている?」
「そうよ。あなたのママは今ご実家にいる」
 車は、舗装された道路の上を滑るように走っていく。やがて、駅から遠く離れた閑静な住宅街の一軒の家の前で、停車した。モニカに促されて車を降りる。
 六年ぶりに会うママとちゃんとお話ができるのか、ママはそもそも元気なのか、それすら聞かされていない。無人島にろくな食糧も道具も持たずに身ひとつで放り出された気持ちだった。ウサギを抱きしめる。
 そんなわたしの不安などお構いなしに、モニカはインターホンを押している。機械を通して聞こえてきたのは、間違いなくママの声だった。
『はい』
「お約束していた、JM社のウィリアムズと申します」
 モニカのラストネームがウィリアムズだったなんて初耳だわ。と思っていると、慌ただしげに玄関のドアが開いた。
「レイラ!」
「……ママ……」
 門扉を押し開けてママがこちらに走ってきて、抱きしめられた。どうしよう、と思ってモニカを見ると、彼女の手は見えないものを抱くかのように丸く広がった。抱き返してごらん、という意味らしい。
 おずおずと、ママの背中に手を回す。ママって、こんなに細い背中だったかしら。こんなに小さかったかしら。
 最後にジェイミーに身長を測ってもらったのはいつだったか覚えていないけれど、そのとき百六十五センチとちょっとあったらしいので、ママと離れているうちに私は十センチ以上伸びた計算になる。ずっとジェイミーの大きな背中に腕を回して過ごしていたし、ママを小さいと思うのも当たり前かもしれなかった。
「ママ、ただいま」
「レイラ……おかえりなさい……」
 ママの涙がしっとりと肩口を濡らす。そのぬるさとママの頬の燃えるような熱さが、わたしの目頭もじわっと熱く湿らせた。ほんとうにわたし、この場所に帰ってきたんだ。
「カーペンター夫人、水を差すようで申し訳ありませんが、少し事務的なお話をさせていただいても?」
 モニカの口調が一気にビジネスじみたそれになる。
 ママは、わたしから少し身体を離し、どうぞ、と門扉を広げた。そして、わたしの手を握る。
「レイラの話だから、あなたも聞いていてね」
「……うん」
 モニカと、おばあちゃまの家のリビングで向かい合って座る。スーツ姿のモニカは、このほのぼのしたリビングになんだかとってもミスマッチ。ちらりとママを横目で見ると、やっぱりちょっと痩せたかもしれないと思った。
「できればこちらで大学進学の手続きを取ろうと思ったのですが、さすがに高校卒業資格がないと厳しかったので、まずは通信制の高校に入学されることをお勧めします」
「ええ……」
 モニカが、いくつかの通信制高校の資料と思しきものを差し出した。ママはそれを真剣に見ている。
「もちろん費用はこちらで負担させていただきますので」
「待って」
「何?」
 思わず、口を挟む。モニカが眉を上げてわたしの顔を見た。
「いらないわ。わたし自分でバイトとかする。もう、ジェイミーの力は借りない」
「あら、そう」
 モニカはあっさりそれを承服した。二度と会わない人に、お金の面で助けられるのはまっぴらごめんだ。
 ママは少し不安そうにわたしを見ているけれど、通信制の高校に通うにしろ、このまま就職口を探すにしろ、わたしはわたしの力でやってしまいたかった。

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