「モニカってほんとう、つくづく思うけど損な役回りだわ」
「そうかしら」
 モニカの運転する車の助手席に乗って、膝に古ぼけたウサギのぬいぐるみを乗せて文句を垂れる。モニカはジェイミーから、わたしを家に送り届ける役目、そして社会にわたしが順応できるまでを見届ける役目を仰せつかっているのだそうだ。
「あなたきっともっとほかの、大事な仕事があるの」
「買い被ってくれるのね」
「本気よ。宝の持ち腐れだわ」
「そうね、あなたみたいな小娘の世話よりよっぽど社会に貢献できる仕事があるに違いないわ」
「でしょう? わたしがこのまま社会のクズになろうが何だろうが、社会的損失は何もないけど、モニカならきっと何か役に立てるに違いないもの」
 べらべらと喋りながら、ホルダーにストックされているペットボトルのジュースを飲む。飲み込んで、また続ける。
「モニカも、嫌なら嫌って言えばいいのよ。ほかの人にやらせれば、ってはねのければいいのよ。モニカがいい顔するからジェイミーも調子に乗るの」
「別に嫌とは思ってないわよ」
「え?」
 飄々とそう言ったモニカが、にっと笑ってわたしのほうを流し見た。
「モニカは、わたしの世話をするの、嫌じゃないの?」
「その、ずけずけと聞いてくる純粋さが妬ましいだけだもの。嫌いなわけじゃないわ」
 妬ましいのと嫌いなのと、何か大きな違いがあるのか、あいにくわたしにはよく分からなかった。でもよく考えればわたしだって、モニカのことはぜんぜん嫌いじゃないけれど、嫉妬していた。
 ヨコハマの一等地を抜けていく車の窓は開け放たれていて、外の、排気ガスとこまごました街に息づく何かの匂いが鼻をくすぐっている。それに混じって、人が「生活」している音が聞こえる。車のクラクションや、歩道を歩く人たちの話し声。
「ところでレイラ、ひとつ提案があるんだけど」
「……何?」
 そこでモニカは左折するためにウインカーを出した。身体が傾ぐのを力を込めて防いで、モニカの運転は、ジェイミーの専属運転手のよりちょっと雑、と思う。でも、その雑さは決して嫌な感じじゃなくて、親しみの持てるものだった。
「提案って?」
「まあ、それは追々」
「何よそれ」
「ジェイミーの命令を蹴れないくらい、私の立場が下だと思ってる?」
 ちょっと考える。それから、首を傾げる。
「分からない」
「正解はバツよ。その気になればジェイミーよりも私のほうが優秀。ただ人には適性というものがあって、私はナンバーワンよりもその補佐が向いているだけの話」
 そうなの、と素直に驚いて相槌を打つ。でもいつだったかモニカはジェイミーについて、マフィアのボスに適性がない、とか言っていた気がするけれど。それを掘り返そうとすると、モニカはハンドルから一瞬だけ手を離して肩を竦めた。
「もう会わない人について語っても無益だと思わない?」
「…………そうね」

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