「レイラは救急車の中で息を引き取って、……それから数日後、失意の中彼女の父親も手術中に命を落とした」
 彼が、何を言っているのか分からなかった。いや、ちゃんと分かってはいるのだが、理解したくなかった。
「数年後、きみを街で見かけた。他人の空似とは思えないほどに似ていた。母親の顔も、健康そうな父親も、まるで似ても似つかないのに、きみだけがあのレイラと同じ顔をして楽しそうに……街を歩いていた」
 何も言えずに、黙るしかなかった。
「だから、今度は絶対に間違えないようにしようと、ずっと見守っていたんだ……」
 彼が見ていたのは、わたしではなかったのだ。
「レイラ」
 甘く、やわらかな声でジェイミーがわたしの名前を呼ぶ。痛いくらいの切なさを孕むジェイミーのヘーゼルグリーンの瞳は、ほとんど泣きそうに水分をたたえて、薄暗い寝室の明かりに照らされてきらきらと光っていた。
「正しかったとは、最初から思ってなかった」
「……」
「きみを閉じ込めて外の世界と引き離すことが、正しかったとは微塵も」
 今更、そんな懺悔を聞かされてもわたしにはどうすることもできないのに。わたしは。
 毛布にくるまったわたしの座り込むベッドのふちに座っているジェイミーの手が、ずっとわたしの洗いざらしの髪の毛を撫でている。
「きみたちが抱えた借金を無償で俺が肩代わりすることもできた。でもそんな気味の悪い話があるか? それに、俺がそうやってきみたちに手を出してしまえば、見守っていただけの頃とは明らかに違う確固たるつながりができてしまう。そうすれば、きみはきっと平穏には暮らせない。それで、きみを」
 わたしはモニカよりわたしよりこの人が一番可哀相かもしれないと考えたことを思い出す。一億もの融資の代償がわたしだなんて、それもおかしな話だ。
「……あなたは、わたしを好きだったわけじゃないのね」
「怒る? きみとあのレイラが別人であることくらい、痛いほど分かっていたつもりだったけど」
「怒ったりしないわ。だってわたしはあなたに……」
 心だけは差し出さないと決めたから。
 その言葉は口に出せなかったが、それでも、彼にはきちんと伝わったようだった。そして、きっと同じくらいの深度で言葉はわたしの胸を刺し貫いた。
「このところずっと考えて……俺はただレイラにこの街で楽しく過ごしてほしかっただけなんだ。攫おうなんて、ほんとうは思ってなかった」
「……」
「鳥籠は、人が暮らす場所じゃないよね」
 自嘲するように、表情を引きつらせる。いつもライトがついていて、空調も一定の温度に保たれていた快適なあの部屋。頼めば何だって手に入る何不自由ない生活。たったひとつのこと、世界とのつながりさえ諦めれば。
 思えば彼がわたしを閉じ込めたのは、外の世界から守るためだったのかもしれない。きっと、彼が言ったようにジェイミーには敵は多い。アダムがそうしたように、また、違う目的で、「ジェイミーが見守るレイラ」を欲する人はいくらでもいるのだろう。そんな世界からわたしを守るために、彼はわたしをあそこに閉じ込めていたのだ。

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