昔からわりと疎まれていた。何しろ本妻との間に男子が生まれなかったために、親父は愛人の子である俺を後継に仕立て上げたまではいいものの、本妻は当然ながら俺を心の奥底では受け入れなかった。表面上はそれなりに会話やコミュニケーションが成立しているのが逆につらかったところがあった。
 ちなみに俺のお袋は俺を残してさっさと死んだ。もともと身体が弱く、俺が五つのときに風邪をこじらせて、そのまま。だから、ほんとうの母親よりも継母と暮らした時間のほうが長いのに。血のつながりというものは、あまりにも残酷でうつくしい。
 姉がいた。もちろん、本妻の娘であり、俺よりずっと大事にされていた。けれど彼女は俺が中学に上がるか上がらないかの頃、二十一という若さで短い生涯の幕を閉じることとなる。たったひとりの血を分けたこどもの夭折が継母にもたらした思いはどんなものだったか。早くに母親を亡くしたわりには俺にはその気持ちを推しはかることはできない。
 親父は年上の妻に頭が上がらない、恐妻家だった。けれど、俺を後継者として認めることに関してだけは、頑として譲らなかった。けれど、そんなものは欲しくもなんともなかったのだ。
 だって弱体化したマフィアのボスの座なんて、魅力的でもなんでもなかった。資金繰りも悪化していたし、昔気質な経営陣の頭じゃあとてもとても再生は無理だと思っていた。
 それでもやはり、ヨコハマは好きだった。大陸系の勢力に蝕まれる街を、見ているだけでは救うことも助けることも、どうにもできなかった。それで俺は、暴力に手を染めることにしたのだ。つまり、後継者という肩書きをしぶしぶ受け入れた。
 ヨコハマを守るためにいろいろと勉強して、若、と呼ばれながら慕われたり陥れられそうになりながらもおぼろげに、このままじゃこの組織は駄目になるんだと自覚し始めた頃だ。
 些細なことで親父と喧嘩になって、殴られた。殴られた衝撃自体は大したことなかったものの、弾みで転んで階段から落ちてしまい、ほんの少しだけ入院することになるくらいの傷を負い、俺はいよいよ気持ちをささくれ立たせていた。
「ジェイミー、具合はどう?」
「最悪だよ」
 もうほとんどいいと思うけれど、頭の包帯が外れない。大部屋の狭いベッドで窮屈な思いをしながら、モニカの見舞い品を受け取る。煙草。どこで吸えと言うのだ。
「なあモニカ」
「ああ、ごめん、ちょっと待って」
 特に何か用事があったわけでもなく呼びかけるのと同時に、モニカの携帯に電話がかかってきて、席を外されてしまった。まだどこか骨っぽさの残る背中を見つめる。そして、となりのベッドで上半身を起こして本を読んでいる男が見えることに気づき、モニカめ、カーテンを閉めて行かなかったな、と恨めしく思いながら手を伸ばす。
 そこへ、病室のドアが開いて中学生くらいの少女がそわそわと髪の毛をさわりながらこちらに歩いてきた。金髪に青い瞳の、透き通るような肌の色を持つ、人形のような少女だった。
 彼女はカーテンを閉めようとしている俺と目が合うと、はにかんで、それからとなりの病床の男のベッドわきの椅子に腰掛ける。
「ねえパパ、具合はどう?」
「だいぶいいよ、レイラ」
 長いハニーブロンドをお下げにしている彼女は、どこか気弱そうでほの暗い影を表情に帯びている。自分に自信がないのか、それとも父親の身を案じているのかまでは推測できないが、機嫌がよくはなさそうだ。
 カーテンを閉める。それから、思いついて煙草の箱を握りしめてベッドから起き上がった。スリッパをつっかけて病室を出る前に、ちらりと、レイラと呼ばれた少女に目をやった。横顔ではっきりと見える濃く長いブラウンの睫毛は、細かく震えている。
 いったい何がそんなにこわいのだ。そう、少し不思議に思うくらいに、彼女は何かに怯えていた。
 中庭のベンチで煙草をふかしながら、うつくしい少女だった、とあの不安げなかげりを帯びた表情を反芻する。ぞっとするほどに、俺の中の何かを掻き立てるあの怯えた顔。いわゆる、衝動というものを。
 一本目を吸い終えて、人心地ついて視線を地面に落とす。スリッパのまま中庭に出てきているが、そんな患者はたくさんいるので問題なさそうだった。と、目の前に影ができた。顔を上げる。
「……」
「あの、こんにちは」

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