09

「美麗?」
「……あ、何?」
「いや、口の端に、ビスケットがついてたから」
「あ……」

 慌てて、自分でそのかすを取る。

「意識しちゃった?」
「……」

 笑う仁さんに、うまく答えられなくてもぞもぞと居心地の悪い思いをしていると、仁さんの手が再び伸びてきて、今度は迷いなく私の腕を掴んだ。

「じ、んさん」
「ビスケットより、美味しいものが食べたい」
「あ、えと」

 ふと、篠宮先輩の顔がよぎる。でもそれも一瞬で、私の視界は仁さん一色になった。私の口の中に残っているビスケットを追うような舌の動きに、とろっと脳が溶ける。やっぱり、仁さんがいい。
 仁さんの指が、ゆっくりと首筋を這って、シャツのボタンをひとつずつ外していく。そして、散々私の舌をもてあそんで離れた唇が首筋に落ちそうになって、止まった。

「……美麗」

 ふと、仁さんが私の名前を弾みのように零した。それは、いつもうっとりと呼ばれるのとは少し声色が違って、私は閉じていた目を開けた。

「な、に?」
「これは、何?」
「え?」

 仁さんの指は、私の鎖骨の少し下を撫でている。よく見えなくて、でもなんとなく、その指の位置と仁さんの口調から、そこに何があるのか悟って、顔が青くなる。
 篠宮先輩、まさか。

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